270 復讐の天秤(3/5)
どこか遠くで歌声がした。
聞き覚えのある歌だなぁと思っていたら、横たえられた人形がいきなり反応した。
赤いコアがぴかっと光り、起動。
……したかと思いきや、点滅して、消えてしまった。
「な……何?」
ログを探してみたら、この人形にも一応ついていた。
ログ自体がドワーフ語だけど、書式が同じなので、ぼんやりと何やってるのかは分かる。
どうも、起動したはいいものの、途中でエラー連発になって止まってしまったらしい。
ただ、前に見た【ティアマトの血】とは構成が大きく書き換えられているから、ちょっと見ただけでは仕組みがよく分からない。
うーん……あれ?
光魔法を使っていたせいか、わたしは足元に、変なものをまた見つけてしまった。
この反応は、間違いない。
姿隠しのマントだ。
見えない布でくるんで隠してあったのは、古い竪琴だった。
……アポロンとかがよく持ってるあれだ。
なんだろうと思って、よくよく観察してみたら、これにも音の【魔術式】が載せられていた。
自動演奏機能付の竪琴???
たぶんだけど、これ、弦の音を加工する術式だよね。
でも、弦が張られてない。
この形式なら、たぶん、弦さえあれば自動的に音も直してくれるんじゃないかなぁ。
わたしはつつーっと魔糸を紡いで、くくりつけ、適当に弦を張ってみた。
ぽろろん、と引いてみる。
すると、勝手にぽろろんぽろろんとメロディができあがり、きれいな曲が流れ始めた。
ほら、やっぱり。
曲に呼応して、また人形のコアが赤く光ったけれど、結局またエラーが連発。
エラーが続いたら勝手に動きが止まるように組まれているのか、コアも沈黙してしまった。
……うーん。
音で起動する【ティアマトの血】……
音楽の【魔術式】が載せられた竪琴……
関係がないはずがなく……
たぶんこれが起動用のアイテムなんだろうなぁ。
……あんまりうまく動いてないみたいだけど……
今度は人形のエラーをチェック。
ざっと見たところ、まったく新しい九十番台の【魔術式】が付け足されている。また何か別のライブラリから引っ張ってきた機能かな?
『理性』コアの、上位命令を司る十番台以下の基底層は、本来『ミネルヴァ』と『タロス』が司令塔ユニット『オーディン』と通信しながら動かしていたはずなのに、すべてカット。
代わりに、新規の九十番台に直接繋いで、動作させようとしたようだ。
でも、エラーが尋常じゃない。
辿っていくと、どうやら基底層に向けて命令を飛ばしては失敗しているらしいことが分かった。『動け』とか、『戦え』とか……わりと大まかな、高レベルの命令だ。人間が出す指示に似ている。
本来なら『ミネルヴァ』や『タロス』が発していたはずの高レベル命令に割り込みでスタックしようとして……失敗してる?
あ、七十番台が丸ごとキャンセルしてるんだ。
七十番台は何が元になっている魔術式なんだろう……?
眺めてみたけど、ヒントが少なくてよく分からなかった。
図鑑と突き合せて、動きをよく観察しないとダメかも。
うーん……
とりあえず、いったん隔離してみようかな?
これで九十番台の枷がなくなる。
元々の制御コアの中心だった『ミネルヴァ』は復活させよう。
九十番台を『ミネルヴァ』よりも優先度の高い設定にすれば、うまくいくはず。
九十番台でまず動かして、動かなければコア層のミネルヴァが六十番台のミネルヴァに指示を飛ばす。そしてその六十番台のミネルヴァが局所最適化を動かすのだ。
番号と関数で管理されているので、繋ぎ直すだけだったら、中身が読めなくても出来る。
不完全な図形からの補完は得意中の得意だ。
なんとなく、眺めていれば何が欠けているのかは分かる。
見様見真似で、ドワーフ式の【重ね文字】をちょいちょいと書き足すと――
人形は、むくりと起き上がった。
うわああああ!!
ヴェールを被せられた人形の頭がゆっくりと動き、わたしの方を向く。
「……どうして私を起こしたりしたの?」
しゃ、しゃべったあああああ!!!
びっくりして固まっているわたしに、大理石の人形が魔術で作った声で言う。
「はやく逃げて……でないと、ネメシスがやってくるわ……」
……ネメシス様って、ゴーレムを作ったのが気に入らないっていう?
じゃあ祝福魔法の停止がこれだって、本当なのかな?
この人はネメシス様とどういうご関係?
「えっと、あなたは?」
「とっくに死んだはずのドワーフの亡霊……といったところかしら」
それにしてもよくできている人形だなぁ……?
喋るし動くし、生きてるみたいに見える。
本当に誰かの残留思念が宿っているって言われても信じてしまいそう。
ふと見ると、ログにはとんでもない数のエラーが出ていた。
なんだこれ……?
大量の命令が出た端からキャンセルされている。
キャンセルをかけまくっているのは、制御コアの『ミネルヴァ』だ。
それにもめげずに、ゴーレムの停止信号を発信しまくっているのは……
気を取られかけたとき、お人形さんがハッとした。
「……来たのね……ネメシス……!」
……え?
ネメシス様が? 来てるって? どこに?
……ここに……???
◇◇◇
女戦士の像は神々の降臨する器として速やかに作用した。あの晩に目撃したのと同じ、天使の翼状の雷撃がその背に生えたのを認めた瞬間、ディオールはとっさにリオネルの頭に無理やりフードを被せ、後退させた。




