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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【七章進行中】  作者: くまだ乙夜
七章 復讐の天秤編

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268 復讐の天秤(1/5)

 塩田用の貯水設備らしき水槽が立ち並ぶ大空間の奥から、鳥が飛来してくる。大型の翼で悠々と三度宙をかき、滑空して、音もなく目の前に降り立った。


「立ち去れ、盗掘者よ」


 知性体の精霊――それも高位の魔獣だ。人間の都合で、狩る必要がある場合はしばしば知性がないものと無理やりにでも認定されるが、フクロウ類は概して高い知能を持ち、契約精霊としても好まれる。


「それで身を隠しているつもりか? 間抜けどもめ! わしの鷹の目はごまかせんぞ!」

「なあディオール、あいつ、フクロウなのに鷹だって」

「黙ってろリオネル」


 ディオールは声だけで返答を試みる。


「お前の主人に用がある」

「主人だと?」


 精霊は明らかに憤慨した様子で鋭く鳴き声を上げた。


「わしの主人は輝く目をした万能の女神ただひとり。人間ごときが高貴(エーグルなるわしを従えられると思うてか」

「なああいつ、鷹だのワシだの忙しくねえ?」

「黙ってろと言ったはずだが?」


 フクロウは笑いもしなかった。はなから下等生物と見下している人間のユーモアなど理解する気がないのか、理解した上でくだらなすぎて笑えもしなかったのか。


「バカにするでない! わしは誇り高き鷹じゃ!」

「フクロウじゃん。なにお前、ダジャレ好きなの?」


 リオネルはそれですっかり警戒が解けたようだった。人相手にいつもするように、過剰な慣れ慣れしさで高位精霊に笑いかける。


「俺たちさあ、ゾンビが鬼湧きしてて困ってんだわ。その奥の方が発信源っぽいんだけど、どうなってんの?」

「この先にあるは我が主の祭壇のみよ」

「本当ぉ? 見ーせて!」


 遠慮なく歩き出したリオネルに、フクロウがはばたきながらまとわりつき、歩みを止めようと試みる。


「邪魔立てをするな、人のよき導き手たる精霊のわしとて容赦せぬぞ!」


 精霊は生物を殺めるような真似はしない。放っておいても害はないと判断し、ディオールも後ろに続いた。


 やがて現れ出たのは何らかの宗教的な祭壇だった。背景にある女神像にはヴェールを被せられており、何の彫刻かは判然としない。服の意匠はいかにも古代風、それもパラディオン神話様式に見えるが、多数の女神を擁するあの神話のうちのどれか、手がかりになりそうなものは窺えなかった。


 しかし、フクロウが主と仰ぐ女神となれば、おのずと対象は知れる。


 神聖な祭壇には男がひとりいた。大胆不敵にも中央に腰を落ち着け、目を閉じている。半死半生をさまよっているのかと疑わせる程度には、男の半身は崩れていた。異形の魔獣をつなぎ合わせ、人の形に仕立て上げたのかと思うような、いびつででたらめな腕。


「……アテナが生け贄を欲する女神とは聞いたことがないが」


 思わずフクロウに問いかけると、鋭い「ホウ!」という鳴き声が返ってくる。不敬への警告のようでもあり、察しの悪い下等生物への韜晦のようでもある。


「人間がゴーレムの部品になってんのかよ」


 最悪じゃん、と吐き捨てるリオネル。


「この身体で長くは持つまい。死なせてやった方が慈悲だろう」

「だろうな」


 燃やすつもりで、火の魔術を唱える。


◇◇◇


 わたしは奥の小部屋で、壊れた石像を見つけた。


 かなり大きな衝撃が加わったみたいで、割れていくつかのブロックに分かれてしまっている。


 うーわ、もったいない……!


 すごくきれいな彫刻だ。


 さぞや名のある職人さんが作ったに違いない。


 作った人も壊れたのが悲しかったのか、きれいに並べて、保管している。


 いやー、見れば見るほど上手だなぁ……?


 本物の人間を石にしたのかというくらいよくできている。


 ほっぺに触れてみると、ちゃんと石の質感で、ひんやりしていた。


 すんごいなぁ……唇のしわまで再現してある……


 彫刻はたいていアトリエ単位で技術を継承していくので、見ればだいたいどこの流派かは分かるものなんだけど、これはわたしが知らない超絶技法だ。石工でこれは本当に難しい。


 どうやってるんだろう?


 ドワーフさんの技術なのかな?


 とんでもないなぁ……


 飽きずにじろじろと眺めていたら、中央のコアが目に付いた。


 おそらくは【ティアマトの血】だ。これも【自動人形】の一種なのかな?


 あれ、でも、コアがまっぷたつ?


 自動で直るんじゃないのかな?


 【魔術式】を覗いてみたら、前に見たコアとは設定が大きく変えられていた。


 どういう設定なのか、ちょっと見ただけでは分かりそうにない。


 起動するのかどうかもよく分からない……何これ?


◇◇◇


 ディオールが火の魔術を発動させかけたその瞬間。


 フクロウがその男の背に乗り、鋭い鳴き声を何度も発する。まるで揺すぶり起こすかのように。激しい羽音とともに爪を立てたとたん、その男が意識を取り戻し、薄く目を開いた。


「……なぜ、あなたがここに?」


 彼はディオールのことをはっきりと認識しているようだった。


 思わずフードに手をかける。


 姿隠しのマントはかぶっている。リオネルに先を行かせて自分は身を隠すのが最善だと判断したからだ。彼はどうやって見抜いた? ゴーレム化の影響で知覚が鋭くなっているのか、それとも。


「こんな僻地に何の用だ? 一級殺しの魔術師どの」


 好きになれないあだ名だが、侮蔑の意図はないのだろう。当時、生意気なばかりの少年だと侮られていたディオールの評価を恐怖と嫌悪の対象に塗り替えたあだ名だが、彼はただ、ディオールについて知っていることがそれしかなかったために口にしたようで、まなざしや口調に恐れの色はなかった。


 精悍な顔立ちの男だ。日に焼けた肌と強い癖のある黒髪に縁取られた風貌は、男らしい野趣を感じさせる。そういえばこんな顔をしていた、と、過去の出来事が蘇ってきた。人心を掴むような強く光る目をしているくせに、あまり目を合わせようとせず、交流や衝突を避けて一歩引こうとする、印象がちぐはぐな男。強靱な剣士をことのほか尊ぶ騎士たちの中にあって、本人が望めば相当に強い政治的影響力を持てるだろう才覚を有しておきながら、覇気のない振る舞いが目立っていた。


 バリガント・ダビュー、エスト騎士団の団長。ドラゴンをけしかけられた侵略戦争で、彼は目立った働きを見せなかった。どちらかといえば滅亡を漫然と望んでいるのではないかと思えるほどだったのだ。


 未来に絶望しきった目つきの理由が、ときを超えて今、理解できた。


「リゼが君を心配していた。奥方のオルゴールの調子はどうだ?」

「……? ギュゲースの指輪師どのか?」

「私の婚約者なんだ」


 バリガントは困ったように天を仰いだ。


「……うかつだった。君たちの仲がいいことは噂で聞いていたが、こんなところまで押し掛けてくるほどとは」

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