245 リゼ、ディオールの帰りを待つ
昨日の夜、突然夜空が明るくなって、魔法の光が王国中に降り注いだのだという話を、わたしは寝起きにクルミさんから聞かされた。
変なこともあるものですねぇ、なんて、寝ぼけて適当に返事をするわたしに、クルミさんは、異変はまだまだそれだけじゃないのだと、お屋敷で起きている異常事態についても教えてくれた。
「お屋敷中の明かりが、すべて消えてしまったのでございます」
火の付いた燭台を手にしたクルミさんが、神妙な顔つきで言う。
「魔道具もつきませんので、急遽ロウソクをお持ちいたしました」
わたしは試しに、そばにあった魔道具のランプのスイッチを押してみた。
確かにつかない。どこか故障したのかな? と思って、調べてみたけど、目立った破損はなし。
ランプの外側にはどこも異常が見つからなかったので、ついでに【魔術式】が壊れていないか、覗き込んでみる。
……全然大丈夫だった。
あれ?
わたしはもう一回ボタンを押してみた。かちり。
反応なし。何回カチカチしても明かりがつかない。
んん~……?
どこか、魔力の回路が壊れているのかなと思って、ひっくり返して本体を覗いてみたけれど、特になんともなっていなかった。
あれぇ~……?
「壊れてはいないですね」
おかしいな?
わたしはついでに【ともし火】の魔法を唱えてみた。
いつもと同じ呪文を同じように唱えたはずなのに――
明かりは灯らなかった。
「明かりだけではございません。どうも魔法全般が作動しないようなのでございます。朝食も少し遅れておりまして……」
ごはんがないのは困る。
でも、それよりもっと困ることが色々とありすぎて、わたしはお着替えもしないうちから机にあった作りかけの魔道具を取り上げた。
魔道具を作る魔法は? ちゃんと動くのかな?
わたしはいつも通り生活魔法を使おうとして、失敗した。
……あ、あれ?
魔力が通らない、動かない。
そして、【魔術式】を書き込もうにも、そのための魔力が練れない!
「た、たたた大変だあぁあぁぁ……!!」
魔法が使えなかったら……使えなかったら……
お店が開けない!!
◇◇◇
パニックを起こしたわたしがあれこれ魔法を試し撃ちした結果、困った現実が浮き彫りになった。
わたしの手持ちの魔法は全滅。
魔術言語の呪文も、声がなくても出る魔法も。
【生活魔法】も、【短縮魔法】も、なーんにも起動しない。
起動しなかったら……
わ、わたし、廃業するしかないんじゃ……?
魔術の禁止ぐらいだったら、まだ分かる。そういう結界はたくさんあるので、魔力の対流が起こらない状況下でも動くよう魔道具を設計するし、禁止の結界を作る人たちも、魔道具は除外するようにあえて設定する。
でも今回は、魔道具まで動かなくなっちゃった。
ど、どうしよう……?
青い顔をしているわたしに、とりあえず朝ご飯でも、とクルミさんが言ってくれたので、わたしはフラフラと食堂に行った。
席についたわたしに、出てきたのがパンと、冷えたスープだけ。
「申し訳ございませんリゼ様、厨房でも、水くみや火つけなどに非常に手間取っておりまして」
「みんな魔法が使えなくなっちゃったんですか?」
「今のところは誰も成功しておりません」
「誰もかぁ……」
それは深刻だなぁ。
冷たくて、白い脂の塊がぽつぽつと浮いたスープを口に含むと、固まっていた油が口の中でほどけて、舌触りがちょっと悪い以外は、いつも通り美味しかった。
お肉とお野菜をこれでもかってくらいたくさん煮込んだスープだもんね。
冷めても美味しいに決まってる。
固まったバターを無理矢理塗りつけて、口の中で溶かして食べた。
発酵バターの風味が絶品なので、わたしはこれでも全然いいなぁ。
食欲が満たされたら、ちょっと落ち着いてきた。
ディオール様の代理でトラブル解決に奔走しているピエールくんが、わたしのお部屋にも来て、事情を説明してくれる。
「リゼ様。どうやら街全体で魔法が使えていないようでございまして……本日のところは、外出はお控えになった方がよろしいかと存じます」
魔法が使えないのにフラフラしていたら危ない。それは分かる。
でも、今、お店はどうなってるんだろう?
結界、ちゃんと動いてるのかなぁ。
高価なアクセサリーも多いから、結界が作動していないと、空き巣が心配……!
なんとかして回収したいところだけど……
「フェリルスさんは?」
ついてきてもらえたら心強いんだけど、朝から姿を見ていない。
「僕もまだ見かけておりませんね……いつもならとっくに起き出して吠えまくっている時間なのでございますが」
「ディオール様と一緒に寝てるんじゃないんですか?」
「ご主人様はお出かけになったきり、まだお戻りになっておりません」
「徹夜で働いてたってことですか?」
「おそらくは」
大変そうだなぁ……と思いつつ、わたしはフェリルスさんが気になるので、お庭の犬小屋を見にいくことにした。
フェリルスさんは寒いところで寝るの全然平気みたいで、わたしがごはんやお風呂を済ませるまで待てないときは、先にここで寝ちゃうんだよね。
昨日も先に寝ちゃってたのかな?
何の気なしに覗き込んだら、フェリルスさんのお気に入りの毛布に、見知らぬ白い子犬がくるまっていた。くうくう可愛い寝息を立てている。
か……かわいい……! けど、どこの子? フェリルスさんの子?
慌ててフェリルスさんを探したけど、見つからなかった。
わたしはもう一回小屋に戻って、中を覗き込んでみる。
毛の色がフェリルスさんそっくりの、ちっちゃい子犬が、相変わらず平和な寝顔を晒していた。
……フェリルスさんの……子……???
うそだぁ……昨日までいなかったのにぃ……?
首を傾げていたら、心配したピエールくんが様子を見にきてくれた。
「子ども……でございますか?」
「はい。それで、フェリルスさんがどこにもいなくってぇ……」
ピエールくんは首を傾げつつ、小屋に落ちているベルトのようなものを取り上げた。
「これは、フェリルスの首輪では?」
「本当ですね。取っちゃったのかな?」
「まさか……これが、フェリルスだったりはしませんでしょうか?」
この子が……?
わたしは手のひらサイズのその子を持ち上げて、高々と掲げてみた。
ピンクのおはな、青いおてて。
見れば見るほど、そっくりだ。
「あの犬は、あれで高位の精霊体でございますから、魔法が使えなくなる異常事態と関連しているのやもしれません」
完全にただの推測だけど、ピエールくんの言うとおりだ。
フェリルスさんは魔力を食べて、魔力で動く生き物。
わたしが調べた限り、魔力を集めることもできなくなっちゃってるから、その影響で、身体が小さくなっちゃうことは十分考えられる。
「ど、どうしましょう……?」
フェリルスさんは幸せそうに寝てる……ようには見えるけど、大丈夫なのかなぁ。衰弱してしまっていたりしないのかな?
「ともかく、ご主人様がお戻りになるのを待つより他はございません。リゼ様も、お部屋で待機なさっていてくださいませ」
「はい!」
お店は心配だけど……
今はフェリルスさんの方が心配だもんね。
わたしが見ていてあげないと。
……お店は……ほんとにほんとにすごく心配だけど……!
わたしはここ最近で一番というくらい、ディオール様に会いたいと強く願った。
お願いします。早く帰ってきてください。
フェリルスさんと、わたしのお店のために……!!
わたしはお屋敷の使用人棟で寝泊まりしてるハーヴェイさんにも『しばらくお店はお休みします』と伝言をしてもらって、休暇活動を始めたのだった。
そろそろ毎日更新再開できそうです!




