推理
「何だその格好は?」
グラソー家の門扉を飛び越えて、敷地内に入るとさっそく養父であるレオナルドお父様に呼び止められた。、たしかに私は雇われハンターの服を着ていてみすぼらしいとはいえるけど、私も解せない。なんでレオナルドお父様はいつも庭にいるのか。
「こんな服を着ているのには理由がございます」
「ユリアレスがどこかの子息と連れ立って出ていくのを見た、と会場で騒ぐ令嬢がいたぞ。ついにお前も気が合う相手を見つけたのかと期待していたのに」
「えっと……」
私は叫びたい。そいつは犯人の一味だと。しかし我慢して建設的な意見を述べる。
「ご報告がございます。エトヴィンを呼んで下さい。まず着替えて参ります」
レオナルドお父様に話しても仕方ない。事態の収拾は有能な執事のエトヴィン・フロム、彼に丸投げしようと思う。
屋敷内の私の部屋で自宅から出てきたときに着ていた私服に着替えて、知らない男の服と今日のドレスは捨てるようメイドに頼んだ。もう見たくもない。
私は今日の結婚式でラニエロという少年に眠り薬を飲まされ、ゼローラ家の地下室に閉じ込められていたこと、どうにか脱出してきたことをレオナルドお父様とエトヴィンに説明した。
「そうですか。ゼローラ様は最近、不正の罪で更迭された元財務大臣です。ユリアレス様の幼なじみのジェイク様がその地位を奪い取ったと噂になっています。彼は年若いので肩書は補佐ですが、国王陛下のお気に入りです。実質は主権を持ってるのでしょうね」
「あっ……」
エトヴィンが表情ひとつ変えずに続ける。
「また、ジェイク様が登城されてからユリアレス様が足しげく訪問されていることも噂になっております。ユリアレス様を人質にとってジェイク様を脅すつもりだったのでしょうね」
「なるほど……」
名探偵エトヴィンは流石だと思う。毛一筋の乱れもなく流した黒髪が今日も決まっている。
「ジェイク君は不死身だとか、毒がきかないとか噂があるからか。しかしそれでユリアレスを狙うとは、命知らずにも程がある」
レオナルドお父様も続く。二人が案外と情報を持っていることに驚いた。
「あの、全ての原因は私の行動にあります。今日の結婚式に泥を塗りたくないのでこの件はご内密に」
私は二人を見つめ、お願いする。だって私がラニエロ少年に騙されなければこんな事態にならなかった。
しかし私に薬を飲ませるのに小さな少年を使うとはゼローラという元財務大臣は中々頭が切れる。ジェイクとの仲を勘繰るとかわいい少年が好きそうという結論になるのだろうか。その通りだが。
「ユリアレスがそういうのならいいだろう。ところで、ゼローラ卿の屋敷で爆発が起きたと騒ぎになっているが、あれはどうしたのかね?」
「よくわかりません。私は結婚式のあとすぐグラソー家に戻り、ずっとここにいた。そういうことにしてください」
爆発がまさか魔法だなんて想像もしていないと思う。しばらく黙っていよう。
「どう思う?エトヴィン」
レオナルドお父様はライオンの鬣のような髪型で、見た目だけ貫禄が出たけれどあまり難しいことは考えようとしない。
「そうですね……」
エトヴィンの黒い瞳が一瞬私を見た。名探偵の目は誤魔化せないのだろうか。
「……私の方で内々に処理しましょう。お任せください。しかしラニエロという少年が心配です。貴族のご子息にそのような危険な役割をさせないでしょうから、恐らく貧民街から連れてきたのでしょうね。口封じの為に命を奪われるかもしれません」
「ううっ……確かに」
残業が決定した。
私がラニエロにホイホイついて行かなければ彼の身に危険は及ばなかった。少年トラップにひっかかった私が悪い。
これより、私ひとりでのラニエロ奪還作戦を開始しようと思う。
今着ている私服にザンディーラの石をつけていたけど、密室で接したラニエロの匂いは覚えている。石を使えば追うのは簡単だ。
心配しているだろうミルに一声かけてからにしよう、と走って一度王都全体を囲う城壁の外に出る。
「ミルー?!おーい!ミル!」
何度大声で呼んでも、ミルは現れなかった。いつもはすぐ風のように飛んでくるのに。待ちぼうけすぎて寝ているのかもしれない、と諦めてラニエロを優先することにした。
ミルに限って命の危険はないけど、ラニエロみたいな普通の子供は手遅れになる可能性がある。あとでめちゃくちゃ謝ろう。私が炎が出せるようになったのを見せたら喜んでくれるだろう。
「よし」
始祖の黒竜に触れてから、ザンディーラの石を使ったときの感じ方も変わってきた。何もかもの匂いが濃くなるというわけじゃなく、より対象だけを鮮明に追えるようになった。
だから人口密度が高くて生活臭も溢れる王都でも、どれだけ距離が離れていても問題ない。
ラニエロの匂いを追って石畳の道を行き、村にいるよりも丸々と太ったネズミがちょろちょろする路地裏を進んだ。都会のネズミは太ってるって本当なんだなあ。
ラニエロの匂いを追ってたどり着いたのは貴族エリアの中でも一際豪華なお屋敷だった。
「すみません、ここってどなたのお屋敷ですか?」
「あなた、何言ってるの。ディセンバルト公爵のお宅よ」
道行くどこかのお宅のメイドに尋ねると、そう返ってきたので私は笑ってしまう。
良かった、元財務大臣を操っていたのはディセンバルト公爵。つまりジェイクも陛下も悪くない。
ディセンバルト公爵はとにかく職を失った人を狙う悪癖があるのだろう。いつかは決定的に叩きたい。けれど今はラニエロだけ連れて帰ろう、と食べ物の匂いを追って裏口に回る。
どんなに豪華なお宅でも、食料品の搬入などで大体どこも裏口があってそのままキッチンに繋がっているものだ。
「どうもー、ちょっと通りますよ」
「なんなのあなた」
コロコロとした体型のキッチンメイドが目を丸くしている。私は金貨を3枚彼女に握らせた。
「………」
金貨を見つめて彼女は押し黙る。非戦闘員にはお金を渡すのが一番です、とエトヴィンから軍資金をもらっていた。金貨1枚で普通の人が1ヶ月余裕で暮らせるくらいだから、3ヶ月分あればもし後で責められても十分他の職を見つけられるだろう。
会うメイド会うメイドに金貨を渡していく。お金の効用はすごい。誰もが押し黙るのだった。
ラニエロの匂いを追って2階の部屋の扉の前に着いた。しかしここから複数人の匂いがしている。招かれざる客である私が開けていいものか、少し迷った。




