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脱出

 一瞬ラニエロに憎しみを抱きかけたけど、すぐに思い直す。あんな子供に犯罪の片棒担がせるなんて親は何をやっているのか。それとも黒幕は親の周りの人物なのか。


 伯爵家と伯爵家の結婚式の場でこんなことを行えるなんて相当な立場の人物だと思う。やっぱり先日の麻薬加工場を破壊したときに私だとばれて、報復なんだろか。だとするとディセンバルト公爵の関係だ。


 私は頭を抱える。私の個人的な行動でセラフィーナ様の結婚式に泥を塗る形になってしまった。彼女は全然関係ないのに。


 夜になって私が家に帰らなければお父さんからグラソー家に尋ねるだろうし、そうしたらまず今日パーティーが開かれたフェルナンディ家に問い合わせして、更に憲兵にまで持ち込まれて大事になりそうだ。

 一刻も早く脱出しないといけない。


 立ち上がると裸足なので硬く冷たい床の感触が伝わる。落ち着いて周りを見ると、光が一切無くても私の両目は周りの様子を伝えてきた。


 だけどそれは、驚くべきものだった。


 四方全ての壁から釘の尖った部分やナイフ、ガラスの破片が飛び出している。めちゃくちゃホラーな部屋だ。


「やば……」


 不用意に寄りかかるだけでも自慢のお肌が傷だらけになりそうだ。おまけに釘やナイフの破片にはべっとりと正体不明な茶色い液体と赤黒い液体がついていて触りたくない雰囲気を醸し出している。この部屋を作った人間の精神が疑われる。


 ドレスの下のガーターベルトに装備していた愛用の短剣も取られてしまっている。あれに素手で触った人は今頃気絶しているはずだけど。


「どうしようかなあ」


 装備品を全て取り上げられて囚われたところから脱出するのは前世のゲームでは良くやったなあと思い出す。


 仲間が助けに来てくれるのも定番だけど私は今は来て欲しくない。下着姿だから。それに待っていたら騒ぎになってしまう。


 私はミルのことを思った。今日も王都の入り口までは一緒に来ていた。今頃私の帰りが遅くてキュンキュン鳴いてるかもしれない。胸が痛くなる。


「ミル、今帰るからね」


 何だか出来るような気がした。


 だって心を研ぎ澄ませば、こんな部屋にも魔力はちゃんと漂ってるし、私はずっとミルが炎や熱を扱うのを見て、羨ましいと憧れていた。


 魔力は生き物の強い願いを叶えて、体を書き換える恐ろしい力だと気づく。だからモンスターは色々な姿形をしているのかもしれない。


 釘やナイフの飛び出た壁に向かって手をかざした。指先がじんと熱くなって光っている。そっと飛び出たナイフの汚れていない先端に触れた。


 飴細工のようにナイフが溶けていく。熱くはない。


 ミルはずっと教えてくれていた。毎日寄り添って、何度も何度も。私を信じてくれていた。


 爆風と耳をつんざく轟音が起きて、壁に大穴が開く。制御に失敗して爆発してしまったが、私に飛んできた破片は全て溶けて蒸発した。暗闇だった場所に仄かな光が差し込んでいる。


 穴の向こうに蝋燭を持った、間抜けな顔をした男が二人立ち尽くしていた。


 身を低くして駆け寄り、鳩尾に軽く拳を当てる。


「ぐっ」


 男は雇ったハンターといった感じで、鎧は着ているようだけど関係なかった。衝撃で息も吐けぬまま床に膝をついている。もうひとりがなんと腰に佩いた剣を抜こうとしているので肘ではたき落とし、こめかみを蹴った。女子に向かって剣を抜くなんてどうかしてる。


 悶えているところを背後から首に腕をかけ、頸動脈を狙って締め上げる。使えそうな襟のある服装ではなかったので、裸締めという分類の技だ。


「ふふっ」


 裸装備で裸締めという状況に笑いがこみ上げる。ついに魔法も手にいれた。人間も魔法が使えるんだ。高揚感に包まれてふわふわした気持ちだ。


 とりあえずこの男たちを失神させて服を奪って逃げよう。服は魔法では作れるような気がしない。


 そのとき、天井の方から何かを打ち付ける鈍い音と男の悲鳴が聞こえてきた。


「ユリィ!!いるのか!?」


 ありえない声が聞こえる。幻聴だろうか。待って、今はまずいこんな状況は―――


「待って来ないで今着替えるから!!」


 人生で一番悲痛な叫びだった。粗い土壁の部屋に反響している。


「怪我はしてないのか?」


 心配そうな声はアミルの声だった。何でアミルは私がここにいるってわかったんだろう。どうしていつもこの人は突然現れたり、いなくなったりするんだろう。


「本当に大丈夫だから、ちょっと待って……」


 ただ下着姿で鎧の男を締め上げてる姿は絶対見られたくない。あと壁を爆破したのも私じゃない何かのせいにしたい。半泣きで男の服を脱がせて着込む。


 服が貼り付いて変な汗をかいていることに気づいた。暑さは感じなくなったけど、精神的な汗はどうにもならないらしい。





「……お待たせ」


 知らない男の服を着込んだ私は階段を上がった。私がいたのは地下室だったらしい。アミルと顔を合わせる。久しぶりに見たアミルは少し乱れた銀髪がキラキラしていて、妙に眩しかった。


「本当に大丈夫?それに爆発音がしたけど」

「ああうん……何だろうね?」


 アミルの青灰色の瞳が気遣わしげに私の全体を観察している。どうせならドレスのときに会いたかった。私のドレスと短剣はどこにいったんだろう。


 目を合わせるのが恥ずかしくて、足元を見ると見張りと思われる男が二人、白目を剥いて転がっていた。


「この人たちはアミルがやったの?すごいね」


 アミルがこんなに強いなんて知らなかった。


「まあ、俺も何度か襲われたから多少は鍛えた」


 そう言ってアミルは心配そうに私を見ている。アミルは留学先で戦争に巻き込まれて深い傷を負っていた。


「私が人間なんかに負けるわけないじゃない、今回はちょっと子供に騙されちゃって」


 安心してもらいたくて、拳を握って自分でも良くわからないアピールをする。


「ユリィが元気なら俺はそれでいいよ。久しぶりに会えて嬉しい」


 微笑む瞳と口元は信じられないくらい整った比率だと思った。まだ光に目が慣れてないのか、直視できない。


「あ、アミルは何でここに?」


「気を失って目を覚まさない人がいるってことで呼ばれたんだ。呼吸はあるけどまだ目を覚まさない」


「それ……私の短剣を触ったせいだと思う。半日くらいで回復するはずだけど、そこで私の短剣見なかった?十字架が刻まれてるやつ」


「見なかったけど、聞いてみたらわかると思う。ここのメイドが事情を話してくれたから。ほかが集まってくる前に行こう」


 そう言ってアミルは早足で歩きだした。良く見たら、ここは大きなお屋敷だった。高級そうな調度品がそこかしこに飾られている。窓を見ると夕方の空だった。


 私がラニエロに薬を飲まされて気を失ったのが昼を大分過ぎたころだったからそれほど時間は経っていない。私が囚われていたことにアミル以外は気づいていなさそうで安心する。



 1階の奥まった部屋に入ると、部屋にはメイドが5人ほど集まっていた。ベッドに寝ていて目を開けない女性が私の短剣を触った人だろうか。女性だったことに安堵する。


「アミル様!ご無事で良かったです」


 瞳に涙を浮かべて茶色い髪の妙齢のメイドがアミルに話しかける。


「ベラが教えてくれたおかげで俺の一番大事な人と会えたよ、ありがとう」


 アミルが変なことを言うので、5人のメイド全員、10個の目玉が、雇われハンターの服を拝借して変な格好の私に向けられる。


「あの、私のドレスと短剣どこですか?返してください」


「……持って参ります。ユリアレス様、当家の主人、ゼローラ様が申し訳ございませんでした」


 ベラと呼ばれたメイドが私に礼をして、部屋を出ていく。ゼローラ、全然知らない名前だ。誰それ?


 外が騒がしくなってきた。私が起こした爆発音で憲兵が呼ばれたのかもしれない。


「今回の件は騒ぎにするつもりはありません。そうですね……改めて正面からお邪魔しますのでそのつもりで、ご主人にお伝え下さい」


 4人のメイドたちが怯えた表情をする。戻ってきたベラからドレスの入った手持ちつきのバスケットを受け取った。中を開けると見慣れた短剣が入っていたので、丁度空いていた腰のホルスターに収める。


 その様子をメイドたちが信じられない、と言った顔で見ていた。


「短剣を触った人は半日くらいで目を覚ますそうだよ」


 アミルがメイドに優しく話しかけている。何だか少し胸がムカムカした。


 ベラに案内されて、裏口から家を出た。屋敷の正面には野次馬と思われる人垣が出来ていた。このあたりは貴族エリアだけど、彼らも物見根性が高いらしい。


「グラソー家に寄って軽く報告して、着替えて帰るね」


 アミルが一緒についてきてくれるが、女性の視線を集めるアミルとこの格好で王都を歩くのは恥ずかしい。


「わかった。グラソー家の人にちゃんと言ってくれよ」


「うん」


「あと、夜にユリィの家に寄っていいかな?もうそろそろ耳下腺炎の人を診なくなってしばらく経つから……」


 いつもまっすぐ私を見つめてくるアミルにしては珍しく目線が泳いでいた。


「ま……う、うん。わかった」


 待ってる、と言いかけて私は慌てて言葉を変えた。だけど本当に、急にアミルが王都から帰って来なくなってしばらく経っていた。

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