ディセンバルト公爵
大きな扉を開けた。予測はしていたが、すぐに細い剣が隙間から突き出てくる。私じゃなかったらどうするんだろう?
愛用の発掘短剣でその剣を切り落とした。ここまでの時間は1秒にも満たない。
今まではこうすると無差別に『発掘』が作用してしまって、光の泡となったあと新しい剣に生まれ変わっていた。だけど最近は、壊すか、再生させるか使い分けられるようになった。
だから次々と襲い掛かってくる兵士の剣を叩き切っていく。短くなった剣でも突っ掛かってくるので蹴り上げて弾いた。
そういえば公爵は国境地帯の警備も任されている関係で私設兵をたくさん持っていた、なんて思い出す。
風切り音と共に矢が飛んでくる。カルロの射撃を良く見ているせいか子供のおもちゃみたいだ。飛んでいる矢の真ん中、何でもないところを狙ってキャッチした。
そしてペン回しの要領で鏃を矢の飛んできた方向にくるっと変えて投擲する。手で投げただけとはいえ、結構なスピードが乗った。
「うわあっ!!」
悲鳴とドタドタと何かにぶつかる音が騒がしいので多分毒か眠り薬でも塗ってあったのだろう。回したときに変な匂いがした。
ただ、それを確認できないほど私は周りを背の高い兵士たちに取り囲まれている。私は一応心も体も女の子なので知らない男に囲まれるのはちょっと嫌な感じだ。
全ての剣は叩き切ったけれど今度はステゴロでやるのか――いや、メリケンサックみたいなものを指に嵌めている。
体重をかけて繰り出されるメリケンサック付きの拳をかわし、短剣を相手に押し当てた。声もなく男は意識を失う。
本当にこんなチート短剣なんて使ってたら便利すぎて人間がダメになる。そのまま失神した男を盾にした。
「卑怯だぞ!!」
そう叫びながら伸びてくる兵士の腕に短剣を押し当て、また気絶させた。
失神した盾代わりの男がしたたかに殴られたり、ちょっと短剣で相手の腕を軽く切ってしまったが正当防衛で許される範囲だと思う。この国にも正当防衛はある。特に女性が男性に暴力を振るわれそうになったとき。
やがて向かってくる兵士はいなくなった。死屍累々といった感じで、失神して床に倒れている。
勿体ぶった、ゆっくりとした拍手が室内に響いた。
「招かれざる客は賑やかだな」
やっと部屋の奥に視線を向けられた私は、大きなソファに腰かけたディセンバルト公爵、横にいる縛られて猿轡までされているラニエロ、立って警戒している兵士二人を見据えた。
ディセンバルト公爵は、何かのパーティーで顔を見かけて挨拶くらいは交わしたことがある。茶色の髪を撫で付け、やや突出した青い瞳が不気味な印象だった。
「突然の訪問でしたのに手厚く歓迎してくださって、本当にありがとうございます。私がここに来るとどうしてお分かりになったのですか?」
私がここまでラニエロの匂いを嗅ぎ付けてくるなんてなぜ予測できたのだろう。この兵士の数は異常だ。
「念には念を、それだけだ。この坊やはユリアレス嬢に正式に牢に入ってもらうための貴重な存在だからな」
「なるほど……」
どうやら私を眠らせて閉じ込めている間にラニエロを殺害して、文字通りその濡れ衣を着せるつもりだったらしい。
結婚式で私とラニエロが連れだって歩いていたのは多くの人が目撃している。危ないところだった。
なぜここまで引き延ばしていたのかと考えるとあの爆発で騒ぎになったのが結果として良かったのだろう。私が脱出したと公爵に知れたのだから。
「ディセンバルト様はどうして私を狙うのですか?」
心当たりはたくさんあるけれど折角なので聞いてみることにした。
「さて……そう簡単に話すと思うかね?」
「言いたくないなら結構です」
「お前こそ一体何者なんだ?まるで魔物だ。この国をどうするつもりだ?」
「難しいご質問ですね。ディセンバルト様は同じことを問われて答えられますか?」
ディセンバルト公爵だって麻薬を蔓延らせて私服を肥やしてるだろうに良く言うものだと私は思う。
「生意気な小娘だ」
「何とおっしゃっても構いませんけど……それが最後の言葉と言うことでよろしいですか?」
私は足を一歩踏み出し、短剣を握るもう片方の手に当ててポンポンと音を立てる。さっきから会話が成立しない。話しても時間の無駄だという気がしてきたからだ。
「わかった。私の命を取られてはかなわないので今回は諦めよう」
ディセンバルト公爵が顎で指示を出すと、横にいた着飾った兵士がラニエロの縄を引っ張って連れてきた。私はラニエロに駆け寄り、猿轡と縄を切って外す。
「ごめんなさい、巻き込んで怖い思いをさせて」
「ううん。毒とわかって飲ませたのは僕だから……」
ラニエロの無事を確認する私の耳に舌打ちの音が届く。
「平民同士の馴れ合いを見ていると虫酸が走る。その上最近では女の武器まで使って若き王陛下に取り入って、全く汚らわしい」
「は?」
ディセンバルト公爵が吐き捨てるように何か言ってるがこっちだってあまりの言いように吐き気がする。
拙者の不殺の誓いを破るときか?
だけど私の頭の中で警鐘が鳴り響いている。
これは挑発だろう。乗れば相手の思う壺だ。更にガンガン警鐘が鳴る。なんだか大群が押し寄せてるような。
「……何だかうるさくありませんか?」
「外が騒がしいな」
ディセンバルト公爵が窓に近づいた。
「な、王都にモンスターだと?!」
「え?!」
王都は特別な城壁で守られているはずだ。私も窓に駆け寄って外を見た。慌てて公爵が飛び退き、兵士が間に入る。
窓の外では、火灰狼の大群がこの家を襲い、火を吹いていた。ミルではない、ミルより小型の火灰狼ばかりだけどピンポイントでこんな偶然が起きるわけがない。
明らかにミルが関わっている。
「火事です!!お逃げください!!」
ノックもなく扉が開かれてメイドが駆け込んできた。公爵は鬼のような形相で私を睨んでいる。
「私は何もしてませんよ。とりあえずラニエロは私が連れていきますね。早く避難してください」
おんぶするべきか横抱きにするべきか迷ったが、横抱きにした。
「……僕、怖いよお」
ラニエロは頬を染めて私の胸に顔を埋めてきた。子供なので致し方ない。黙って頭を撫でて部屋を出ようとした。
「こんなことをしてただで済むと思うのか!ユリアレスの火灰狼は民衆の知るところだ、お前が狼どもを操っているんだろう?!後で必ず罪を償わせるからな!!」
後ろから公爵が怒鳴り声をぶつけてくる。振りかえると額に青筋がびきびき浮かんでいた。
「私は日頃の行いがいいですからね」
確かに私とミルはこの国で有名だけど、それは善い行いで、だ。8年ずっとこの国のために尽くしてきた。破壊されているのはこの家だけのようだし、私がやらせたという決定的な証拠もない。
何なら法廷でお会いしましょう!という気持ちだ。
「ご機嫌よう」
私はラニエロを抱えたまま、アンジェラの屋敷に走った。とりあえずグラソー家とは関係ない家に匿ってもらうのが最善だと思う。
お姉ちゃんのおうちじゃないの?とか不満を言っていたラニエロだがアンジェラの豊満な胸を見た瞬間大人しくなった。
遠くからディセンバルト公爵家を確認すると、かなり燃えていたが不思議と隣の家には燃え移らないようだった。火灰狼の大群もいつの間に王都から消え去っていた。
走って城門に向かい、ミルを見つける。ミルは城門すぐのところで防衛隊の見張りの兵士の横にじっと座っていた。
「ミル!!」
ミルの白銀のふかふかの胸毛に飛び込む。鼻息をブフッと頭上からかけられたので見上げるとものすごいどや顔をしていた。




