第6話 家族じゃない
祭りのあとも、颯太との連絡は続いた。
毎日ではない。私が週末に友達と食べたものを送ったり、颯太が作りすぎた煮物の写真を送ってきたり。
十一月に仕事で帰りが遅くなった日、会社を出て携帯を見ると、鍋いっぱいの大根が写っていた。
『半分のつもりで切ったら、全部入った』
私は駐車場で笑った。
『うちのお母さんみたい』
『失礼だろ。藤崎のおばさんに』
疲れていたけれど、帰って何か食べよう、と思えた。
十二月には、颯太の連絡が少なくなった週があった。
あとから、工場の設備を変える関係で忙しかったと聞いた。
以前なら、返事がないことに何か意味を探したかもしれない。
今回は、私は私で年末の資料に追われていた。休日にまとめて返事が来て、二人で会社の話をした。
「何も問題ないって報告するために、何日も確認するんだね」
「そのための部署だから」
「うちは、またラベルが浮いた」
「また?」
「別の商品。ラベルの方は、暇そうな顔してる」
電話の向こうで颯太が笑った。
それを聞いて、自分が笑わせたかったのだと気づいた。
正月、私は元日の朝に車で実家へ帰った。
二日は昼の集まりに出てから自分の部屋へ戻り、三日は洗濯をして、仕事始めに備える予定だった。
両家の集まりは二日の昼。颯太が来る時間も、先に母から聞いていた。
元日の夜、母が夕飯の片づけをしながら言った。
「桐谷さんち、こたつ壊れたから、明日はこっちで食べるって」
「場所、こたつで決まるの?」
「正月に床が冷たいのは嫌でしょ」
もっともな理由だった。
翌日、おばさんがおせちの重箱を運んできて、父たちはこたつを囲んだ。
颯太は、うちの座布団を当然のように押し入れから出した。
「そこ、まだ分かるんだ」
「移動してないから」
「うちのお父さん、毎回お母さんに聞くよ」
「聞けば出してもらえると思ってるんだろ」
聞こえていた父が、咳払いをした。
「自分でも出すぞ」
「今日は颯太が出したけどね」
母はお雑煮の鍋を運びながら、さらりと言った。
私は颯太に小さな包みを渡した。
県外の友達からもらったお菓子を、少し取っておいたものだ。
「この前、電話で話したやつ」
「ああ。ありがとう」
「全部食べないように、先に分けた」
「何個だったの」
「八個」
包みの中は二個。
颯太がそれを見て、私を見た。
「二週間あったから」
「何も言ってない」
よくない顔をして笑っていた。
昼の食事で、おばさんに果実酒を勧められた。
私は車で帰るから、と断った。
ところが颯太が、うちからなら送れる、と言った。
「帰り、俺もその方面通るから。送って、そこから自分の部屋に帰ればいい」
「でも、車」
「置いていけば? 週末に取りに来られるでしょ。駅まで迎えに行くよ」
母が言った。
実家の車を使える土曜なら、母が迎えに来てくれる。駅からは十分ほどだった。
私はそれでも颯太を見た。
「遠回りになるよね」
「十五分くらい。嫌じゃない」
颯太はお茶を飲んだ。
私は少し迷ったあと、「じゃあ、お願い」と言った。
果実酒は、思ったより甘かった。
おばさんが作ったものらしく、母と去年の出来を比べている。
父たちは、次の旅行先を決めようとしていた。
「海がいいな」
「一月の海、何するの?」
「見る」
「寒いわよ」
「温泉もある」
母たちの許可が出るまで、海には行けそうになかった。
隣で颯太が小皿の黒豆を食べる。
私は彼に話しかけた。
「颯太、旅行する?」
「するよ。去年、同期と山の方へ行った」
「何しに?」
「星見る予定だった」
「予定?」
「曇った」
どちらの家にも、予定どおりにいかなかった話が多い。
「何したの?」
「宿で卓球」
「普通に楽しそう」
「楽しかったよ。次は晴れた日に行きたいけど」
私はその景色を見てみたかった。
星だけではなく、同期と騒いでいる颯太も。
私が知らなかった暮らしの中で、彼はどう笑うんだろう。
夕方になる前に、私たちは帰ることにした。
母が、颯太、菜月送ってって、と念を押す。
「分かってる。もう約束した」
「菜月、鍵、置いてって。お父さんが車動かすかもしれないから」
私は車の鍵を母に渡した。
土曜は午前十一時頃に駅へ着く、と帰りの予定も決める。
颯太は保冷バッグに、二人分のおせちを詰めていた。
「え、そんなに持って帰るの?」
「お前のも入ってる」
「あ、そうか」
別々の容器だった。
お盆の買い物のかごを、少し思い出した。
車に乗ると、正月のテレビの音が遠くなった。
颯太がナビに、私の住む建物を入れた。
住所はさっき送った。彼がその部屋を訪ねたことは、まだなかった。
「スーパー近いんだな」
「うん。でも夜は閉まるから、帰りが遅いと間に合わない」
「コンビニは?」
「少し遠い。散歩したいときだけ行く」
当たり前の生活の話なのに、話したくなる。
私は、洗面所の照明が妙に明るいことも説明した。
颯太が、部屋を決めるときに見る所じゃないな、と笑う。
「でも、ドライヤーかけてると、全部見える」
「何が?」
「顔の疲れ」
颯太は笑ってから、少しだけこちらを見た。
「今は、元気そう」
「正月だから」
「そっか」
私は窓の外へ顔を向けた。
暖房がよく効いていた。
街に近づき、大きな交差点で信号に止まった。
颯太がハンドルに手を置いたまま言った。
「俺たちってさ」
「なに?」
「家族みたいだって、昔から言われてたじゃん」
「うん」
私たちが小さい頃、周りの大人はよく言った。
二軒で一軒みたいだね。きょうだいみたいだね。
「でも俺、菜月のこと、家族だと思ったことない」
私は、返事をする口を閉じた。
颯太の方へ向き直る。
「……そうなの?」
「幼なじみではあるけど」
信号が変わった。
颯太は前を向いて、ゆっくり車を出した。
私はシートベルトの端を指で触った。
子どもの頃の話、と聞けば答えはもらえただろう。
けれど彼は、高校の頃、とも、付き合っていた頃、とも限定しなかった。
「私、さっき、おせち二人分持ってくれるの、当たり前みたいに思ってた」
「それくらい持つよ」
「うん。でも、送ってくれるのも、当たり前じゃないよね」
颯太は少し考えたようだった。
「送るのは、俺がしたかったから」
私は返事をする代わりに、うなずいた。
それから、ありがとう、と言った。
さっきの台詞をどう受け取ったか、うまく言えなかった。
部屋の前で降りるとき、颯太は私の分の保冷容器を渡してくれた。
袋の持ち手ごしに、指先が少し触れた。
昔は何とも思わずにできていた受け渡しが、妙に難しかった。
「気をつけて帰ってね」
「うん。お前も、容器のふた確認して」
「また桐谷?」
「今回は無記名」
私は笑った。颯太も笑って、車へ戻った。
部屋に入ると、暖房をつけた。
靴を脱ぎ、バッグを置き、おせちを冷蔵庫へ入れる。
いつもの部屋は、誰かに送ってもらっただけで少し違った。
私は颯太が好きなんだろうか。
浮かんだ問いを、今度は消さなかった。
しいたけを取ってくれるから。幼なじみだから。実家が隣だから。
そういうことより先に、彼が笑ったとき、嬉しくなっていた。
疲れた日の写真に助けられた。知らない仕事の話を聞きたかった。彼の休日に、自分も少し入れてほしかった。
携帯を取ると、颯太から、着いた、と届いていた。
『送ってくれてありがとう。おせち、無記名でした』
『よかった』
私は次の文を打ちかけて、止めた。
会いたい、と送るには、まだ胸がうるさかった。
代わりに、カレンダーを開いた。
実家の予定ではなく、自分の日曜の予定を見た。




