第5話 地元の祭り
十月の祭りは、駅前の通りから神社まで屋台が並ぶ。
今年も母たちは、境内でやる太鼓を見たいと言っていた。父たちは毎年同じ店の焼き鳥を買う。
私は土曜の午後に実家へ戻り、颯太と一緒に四人のあとを歩いた。
「今日、泊まる?」
颯太が聞いた。
「うん。日曜、朝から友達と会う。こっちの方が集合場所に近いから」
「県外の?」
「そう。こっち遊びに来るって」
颯太は、それなら案内忙しいな、と言った。
私は、友達が送ってきた候補の店を見せた。
「三軒食べたいらしい」
「全部昼飯?」
「一軒はパンだから、おやつで何とか」
「パンで調整するのか」
その前で、父が焼き鳥の店を見つけた。
おじさんが追いつき、二人並んで値段を見ている。
母たちは振り返りもしない。
「お母さん、お父さんたち、止まった」
「分かってる。太鼓、五時からだから、うちら先行くね」
父が片手を上げて、「終わったら社務所の横」と言った。
待ち合わせ場所が決まったので、私は颯太を見た。
「私、たこ焼き食べたい」
「俺も。あっち?」
「うん」
わざわざ迷子にならなくても、六人の食べたいものは別々だった。
たこ焼きの列は長かった。
前の方で、子どもがくじの景品を母親に見せている。どうやら大きな水鉄砲が当たったらしい。
颯太が「あれ、持って歩くの大変だな」と言った。
「嬉しそうじゃん」
「今はな」
「帰りも嬉しいと思う」
「車の中で撃たれたら、親は嬉しくないだろ」
そういう想像はしなかった。
私は笑って、列が動いた分だけ前へ進んだ。
たこ焼きはそれぞれ一舟買った。
少し離れた休憩用のベンチに座ると、颯太が割り箸を開いた。
一個目を口に入れようとして、すぐ止める。
「熱い?」
「まだ触ってないけど、絶対熱い」
「慎重になったね」
「学んだ」
高校二年の夏、颯太に告白された。
告白された場所は、学校の駐輪場だった。暑い日の放課後、二人の自転車を出しながら、颯太が急に真面目な声になった。
告白の返事をしたあとも、その日は普通に自転車で帰った。
ただ、家の前で別れるとき、妙に何を言えばいいか分からなくなった。
隣へ帰るだけなのに、そわそわした。
今日の颯太は、たこ焼きを箸で割り、冷ましていた。
私は紙の舟の端に落ちた青のりを眺めた。
昔付き合っていたときより、今の方が分からないことが多い。
仕事で困っているとき、何をするのか。何時頃に寝るのか。私と連絡するのを、どう思っているのか。
知りたくなることも増えていた。
「菜月さ」
颯太が箸を置いた。
「戻ってきてよかった?」
「うん。今の仕事、忙しいけど、やりたかったことに近いし」
「前の会社より?」
「前の会社も、そこで覚えたことがあるから。比べるの難しい」
「そっか」
颯太は舟を膝に置いたまま、少し先の屋台を見ていた。
「県外に行ったの、後悔してる?」
「してない」
答えてから、颯太の顔を見た。
怒っていない。
お盆にも、似たことを思った。
「……そう言っても、怒らないんだ」
「五年前は怒った」
「知ってる」
風が吹いて、舟の端が少し浮いた。
私は指で押さえた。
大学四年の冬、県外の会社へ行くと話した。
颯太は地元の会社に就職することが決まっていた。私にも、こちらの会社の内定はあった。
『こっちも受かってたよな。じゃあ、なんで?』
『行きたいから』
そのやり取りで、私はすでに苛立っていた。
颯太からすれば、急に予定が変わったように見えたのだと思う。
私からすれば、決めてもいない予定に戻されそうだった。
『俺たちどうするの?』
『どうするって?』
『遠距離になるじゃん。それでいいの?』
離れても付き合いたい、と聞かれているのか、行かないでほしい、と言われているのか、私は確かめなかった。
『私は一回くらい、颯太がいないところで暮らしてみたい』
言ったあとの顔は、覚えている。
『それって、俺と付き合ってる意味ある?』
『じゃあ別れる?』
『菜月がそうしたいなら』
分かった、と言った。
その一言で、本当に終わった。
「俺、あのとき、俺がいらないって言われたと思った」
今の颯太の声がした。
「違ったよ」
「今なら分かる。引っ越すのも、仕事変えるのも、俺のために決めることじゃないし」
颯太は、一つ残ったたこ焼きを箸で転がした。
「でも、あのときは、ずっと一緒にいるつもりだったから。俺だけそのつもりだったって、すぐには思えなかった」
私は膝の上に視線を落とした。
紙の舟を持つ手が、少し冷えていた。
「私も、あんな言い方しなくてよかった。颯太がいない所って言ったら、颯太には……嫌だよね」
「うん。嫌だった」
すぐ答えが返ってきた。
ここで、気にしてない、と言われなかったことに、少しほっとした。
「でも、あの会社には行きたかった。颯太と別れたくて、遠くを選んだわけじゃない」
「分かる」
「あのときは、自分で決めたことが少ない気がしてた。学校も、休みの日も、家族で出かける先も、ずっとみんな一緒で」
言いながら、私は人の流れを見た。
子ども連れも、友達同士も、一人で歩く人もいる。
「付き合ったのも、颯太が隣にいたからなのかなって。そうじゃないって思いたかったけど、確かめ方が分かんなかった」
「俺も、隣にいるから、ずっといるだろって思ってた」
颯太が、使い終えた箸を紙の袋に入れた。
「あとから付き合った人とは、そういうの、毎回聞いたよ。休み、どうしたいかとか。仕事、どこまで優先したいかとか」
「そうなんだ」
「聞いても、合わないことはあったけど」
「今は、付き合ってる人いる?」
私が聞くと、颯太は首を振った。
「いない。菜月は?」
「私も、いない」
聞いてよかったと思った。颯太も少し頷き、膝の上の紙の舟へ目を戻した。
私はうなずいた。
私にも、好きだった人がいた。会うために早く仕事を終えた日も、もらったメッセージが嬉しくて読み返した日もある。
別れた今でも、それが嘘だったとは思わない。
「私も、向こうで付き合った人に、予定は先に教えてって言われた」
「それ、俺も思ってた」
「言ってよ」
「今、言った」
私は笑ってしまった。
五年前に同じ言葉を聞いても、こんなに素直に笑えなかったかもしれない。
颯太が私を見る。
「菜月がそうしたいなら、って言ったの、俺もずるかった。自分は別れたくないのに、全部そっちが決めたみたいにして」
「うん。あれは、悲しかった」
「ごめん」
「私も。じゃあ別れる、って、試すみたいな言い方した」
颯太は、小さくうなずいた。
もっと上手に話していたら、とは思う。
でも、あのとき二人で地元に残っていたら、私はこんなふうに自分の暮らしを話せなかった。県外へ行っても、彼の返事が気になって、すぐ帰る予定を作っていたかもしれない。
あの頃の私には、一人で始める生活が欲しかった。
「あっちで暮らして、よかったよ」
「うん」
今度は、颯太の顔を見て言えた。
颯太の携帯が鳴った。
おじさんから、社務所の横に着いたと連絡が来ていた。
「行く?」
「うん。先にこれ捨てる」
立ち上がってから、少し照れくさくなった。
真面目な話をしたあとの歩き出し方が分からない。
颯太も同じなのか、紙の舟を重ねるのに手間取った。
「次、何か食べる?」
「もう食べるの?」
「たこ焼き六個じゃ夕飯にならないだろ」
「私はじゃがバター」
「また芋か」
「じゃがいもは別腹」
普通の話ができて、助かった。
少しだけ肩が触れる距離で、二人でごみ箱へ向かった。
合流すると、父たちは焼き鳥を三パック持っていた。
母が数え、二本ずつのはずが一本足りないと言う。
おじさんの口が、まだ動いていた。
「試食じゃないからね」
おばさんに言われ、おじさんが首をすくめた。
私は一本いらない、と言った。颯太が小さな声で「芋のために」と付け足した。
聞こえたので、肘で少し押した。
その晩、実家の部屋で携帯を開くと、颯太から連絡が来ていた。
『明日、店三軒、無理するなよ』
『一軒は持ち帰る。友達と相談した』
『よかった』
私はもう一行打った。
『今日、話せてよかった』
返事はすぐだった。
『俺も』
私は携帯を置いて、お風呂へ行った。
長く待っていた返事をもらったわけではない。
今日の颯太と話せて、今日、嬉しかった。




