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五年前に別れた幼なじみと、両親が仲よすぎて縁が切れません  作者: 黒咲かぐら


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第4話 元彼に恋愛相談

会社の松岡さんに食事へ誘われたのは、父の誕生日会の翌週だった。

 営業部の人で、試作会議ではよく一緒になる。こちらの資料に変更が出たときも、客先への確認をすぐにしてくれた。

 帰りのエレベーターで、新しくできた洋食屋の話になった。


「藤崎さん、ああいう店、好きそう」

「好きです。メニュー見ただけでお腹空きました」

「じゃあ、今度一緒にどうですか。来週とか」


 一緒に、のところで彼はこちらを見た。

 私は少し考え、金曜なら、と答えた。


 嫌な人ではない。話していて楽しいし、お店も気になっていた。

 一度ご飯へ行ってみてもいい。そう思った。


 その話を母にしたのは、日曜の午後だった。

 実家から、郵便物が届いていると連絡があった。住所変更から漏れていた会員誌を取りに帰り、ついでに夕飯を食べることになった。

 母は台所で玉ねぎを切っていた。


「金曜、会社の男の人とご飯行くから、その前に取っちゃおうと思って」

「へえ。どこ?」

「駅前の洋食屋。新しくできた所」

「あそこね。テレビでやってた。混んでるんじゃない?」


 そこで会話は終わった。

 相手が誰か、交際するのか、根掘り葉掘り聞かれなかったので、私は油断した。


 夕方、カレーの匂いがする台所に、おばさんが枝豆を持ってきた。

 桐谷家ではその日、おじさんと颯太が物置を整理していたらしい。

 母が「鍋いっぱい作っちゃったから」と声をかけ、食卓が六人になった。

 我が家のカレーは、鍋の大きさで人数が決まる。


 私は颯太の向かいに座った。

 彼のTシャツの袖には、うっすら埃がついていた。


「何片づけたの?」

「使ってない釣り竿。捨てる予定だった」

「予定?」

「父さん、一本ずつ思い出話するから」


 おじさんが、今度は枝豆を持って釣りの話を始めた。

 颯太の袖の埃は、捨てなかった釣り竿を戻したときについたらしい。

 私は笑って、福神漬けの器を渡した。


 母はお店の話をおばさんとしていた。

 新しい店は駐車場が狭いとか、先月できたパン屋は何時に売り切れるとか。

 その流れで、私の金曜の予定も食卓に載った。


「菜月、あの洋食屋行くんだって。会社の男の人と」

「なんで言うの!」


 母が驚いた顔をした。


「ごめん。言っちゃだめだった?」

「だめっていうか……」


 そこまで重大な秘密ではなかった。

 ただ、颯太の前で言われたくなかった。

 そう思った理由は、私にもまだ分からない。


 颯太のスプーンが皿の端で止まった。

 母は「今度から言わない」と言って、水を飲んだ。

 おばさんも店の話を父たちへ振り、恋愛の話にはしなかった。

 私だけが、向かいを見ていた。


「……何」


 視線に気づいた颯太が聞いた。


「別に」

「店、行くんだろ」

「うん」

「行けばいいじゃん」


 普通の声だった。

 私は、ちょうど口に入れたカレーを、いつもより長く噛んだ。

 ご飯なので、そんなに噛む必要はなかった。


「そのつもりだけど」

「うん」


 颯太が水を飲む。

 私は福神漬けを足した。

 すごく食べたいわけではなかったのに、山になった。


 帰り際、母には「さっき、大きい声出してごめん」と言った。


「こっちこそ。人の予定、勝手に言わないようにする」

「場所の話はいいんだけど」

「そこ、線引き難しいから、自分で話して」


 もっともだった。

 私はカレーの保存容器を持って、自分の部屋へ帰った。


 翌日の夜、颯太から連絡が来た。


『うちに藤崎って書いたふたがある。昨日の容器、ふた合ってた?』


 台所で確かめると、私が持ち帰ったものには桐谷と書いてあった。

 容器の本体は同じでも、ふたまで家族ぐるみにならなくていい。


『合ってるけど桐谷って書いてある。次、実家で替えよう』

『了解』


 私は画面を見つめた。

 そのまま終わればいいのに、指が動いた。


『行けばいいじゃんって何』


 すぐ既読がついた。


『何が?』

『昨日の』


 電話がかかってきた。

 私は慌てて出た。


「文章だと分かんない。何の話?」

「会社の人と食事、って話」

「ああ」

「……もういい」

「何か、嫌な言い方した?」


 責める声ではなかった。それで余計に、私の方が困った。


「別に。ずいぶん簡単に言うなって」

「俺、元彼だぞ。止める方がおかしいだろ」


 その通りだった。

 もう交際していない。私が誰と食事へ行っても、颯太には関係ない。

 ただ、いちいち元彼だと確認されると、変なところが痛かった。


「止めてほしいって言ってない」

「じゃあ、どう言えばよかった?」

「それ、聞かれても困る」


 電話の向こうで、颯太が息を吐いた。

 笑ったのかもしれない。


「俺も困ってる」


 私は椅子に座り直した。

 自分の皿に勝手に盛った福神漬けのことを思い出した。

 颯太は、何も悪くなかった。


「ごめん。変なこと言った」

「いや」

「あの人、普通にいい人なの。仕事も頼れるし」

「うん」

「お店も行きたくて」

「うん」


 短い相づちが二つ続いた。

 私は膝の上のクッションをつまんだ。


「颯太に、あの人がどうか聞いても分かんないよね」

「会ったことないからな」

「恋愛相談する相手、間違えた」

「俺も、相談されてる気がしなかった」


 そこでようやく、二人とも笑えた。


 電話を切る前、颯太が「金曜だっけ」と聞いた。


「そう」

「あの店、予約できるならした方がいいと思う。通ると、よく並んでる」

「松岡さんがしてくれた」


 名前を言うと、少し間が空いた。


「そっか。じゃあ大丈夫か」


 颯太はそれ以上、何も聞かなかった。


 金曜の食事は、楽しかった。

 松岡さんは、以前旅行した所の話をした。私が県外で暮らしていた街の近くにも行ったことがあって、好きな店が一軒重なった。

 ハンバーグは評判どおりおいしかったし、会計は相談してそれぞれ払った。

 帰り際に、また行きましょう、と言われた。

 私はその場で次の日を決めず、今日はありがとうございました、と伝えた。


 次の週、松岡さんから休日の誘いが来た。

 駅前のイベントへ、二人で行かないかという内容だった。

 画面を見て、少し考えた。

 食事は本当に楽しかった。それでも、休日も二人で会いたい、とは思わなかった。

 颯太と比べて、どちらが上か決めたわけでもない。

 曖昧に返すのは、失礼だと思った。


『お誘いありがとうございます。食事は楽しかったです。ただ、二人でお会いするのは、ここまでにさせてください。仕事ではこれまでどおりよろしくお願いします』


 何度か読み直して送った。

 松岡さんからは、了解です、こちらこそ、と返ってきた。

 次の試作会議でも、彼はいつもどおり確認をしてくれた。私も、いつもどおり資料を渡した。


 颯太に報告する必要はなかった。

 けれど週末、彼からマスタード和えの分量を聞かれ、私は「前に自分で送ってきたじゃん」と返した。


『俺の方、トーク検索しても出ない』

『料理する人は勘でやってください』

『ひどい』


 私は過去のメッセージを探して、転送した。

 ついでに、洋食屋のハンバーグはおいしかった、と送る。


『行けてよかったな』

『うん。あの人とは、もう二人では会わないけど』


 颯太は、しばらく入力しているようだった。

 やがて、短い文が来た。


『それは、菜月が決めたことだから』


 今度は、腹が立たなかった。

 私が決めたことだった。


『うん』


 送ると、すぐ次のメッセージが届いた。


『来月、祭り行く?』


 私は自分のカレンダーを開いた。


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