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五年前に別れた幼なじみと、両親が仲よすぎて縁が切れません  作者: 黒咲かぐら


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7/7

第7話 隣の家じゃなくても

正月の翌週、私は電車で実家に戻り、車を回収した。

 母は駅のロータリーで私を拾って、「颯太に何か持たせた方がよかった?」と聞いた。


「何もいらないよ。おせち、十分もらったから」

「そう。あの容器、次のとき返してね」


 送迎のお礼まで、容器の回収に流れた。


 さらに一週間経った金曜の夜、私は颯太にメッセージを送った。


『今度の日曜、空いてる?』


 洗濯物を畳んでいると、返信が来た。


『午後なら空いてる』

『ご飯行かない? お昼、少し遅めに』

『両親も?』

『違う。二人で』


 そこまで打って、携帯を置いた。

 畳みかけのタオルの端を揃える。

 返事が来るまでに、三枚も畳めなかった。


『行く。どこ?』


 私は探しておいたお店のページを送った。

 私の部屋と、颯太の部屋の中間くらいにある小さなレストラン。前に会社の女性たちと行って、よかった店だ。

 昔のデートで行った所でも、両家の行きつけでもない。


『そこ行ったことない。駐車場ある?』

『ある。現地で一時半にしよう』

『了解』


 約束ができた。

 私は立ち上がって、洗濯物をしまった。

 もう一度座って、店の営業時間を確かめた。日曜も開いている。昼の注文にも間に合う。

 何となく心配で、席を予約した。


 日曜の朝は、いつもより早く目が覚めた。

 朝ご飯を食べ、掃除をしてから、服を選んだ。

 最初に着た服は、実家へ行くときとあまり変わらなかった。

 それでもよかったけれど、もう一度クローゼットを開ける。

 少しだけ明るい色のニットに着替えた。

 誰にも相談しなかった。


 店の駐車場には、颯太の車が先にあった。

 彼は降りてきて、私を見ると「寒いな」と言った。


「お店、もう入れるよ」

「うん」


 いつもの返事なのに、二人とも少し緊張していた。

 颯太は厚手のコートを着ていた。マフラーは、私の知らない色だった。

 その姿を、もう一回ちゃんと見たくて、歩くのが少し遅くなった。


 席に案内されると、颯太は窓の外を見た。


「ここ、夜もいいかもな」

「来たの、夜だった。ランチは初めて」

「何食べた?」

「魚。今日もあるかな」


 メニューをそれぞれ開いた。

 颯太は肉料理を二つで迷い、私は魚料理を選んだ。

 注文の前、彼がソースの材料を店員さんに聞いた。

 私の苦手なしいたけではなく、自分の食べたい肉の味を確かめていた。

 私はそれを、何となくよいことだと思った。


 料理を待つ間に、仕事の話をした。

 颯太は、春に担当の範囲が増えるかもしれないと言った。


「大変になる?」

「たぶん。でも、一回やってみたい」

「じゃあ、よかったね」

「うん。まだ分かんないけど」


 私も、今担当している商品の予定を話した。

 来月は一泊の出張がある。工場を見て、そのあとの資料をまとめるらしい。


「初めて行く所?」

「そう。ちゃんと現場見ておきたい」

「靴、歩けるやつがいいぞ」

「そこは調べた。会社でも言われた」

「俺も、最初、革靴で行ってひどい目に遭ったから」


 私は笑った。

 こちらが忙しくなる話をしても、どうやって会う時間を減らさないか、という話にはならなかった。


 食事はおいしかった。

 颯太が自分の肉を一切れ分けてくれたので、私も魚を少し渡した。

 家族の食卓では、苦手なものを押しつけていたのに、今日は食べてみてほしいと思って渡した。


「このソース、うまい」

「ね。パンも頼めばよかった」

「今から頼める?」


 頼めたので、二人とも食べすぎた。

 デザートの注文では、揃って少し迷い、結局小さいものを選んだ。


「私たち、ちゃんとした店でも、追加するんだね」

「足りないよりよくない?」

「足りてたんだけど」


 颯太が笑う。

 私はコーヒーのカップに触れた。

 この時間が終わってしまう前に、誘った理由を言いたかった。


「今日さ、送ってくれたお礼もあるんだけど」


 颯太が顔を上げた。


「うん」

「それだけじゃなくて。颯太とご飯食べたかった」

「……うん」


 彼の指が、カップの持ち手から離れた。

 私は紙ナプキンの角を見て、それから、もう一度彼を見た。


「五年前、颯太がいないところで暮らしてみたかったの、ほんとなんだ」

「知ってる」

「楽しかったよ」

「それも聞いた」

「他の人とも付き合った」

「俺も」


 短い返事に、急かす感じはなかった。

 言い方を探す間、待ってくれている。


「そのときは、その人が好きだった。颯太のこと考えて付き合ってたわけじゃない」

「うん」

「だから、五年間ずっと好きだった、とは言えない」


 颯太はうなずいた。

 私は一度、息を吸った。


「でも今は、颯太の連絡が来ると嬉しい。仕事のことも、次の休み何するかも、聞きたい。今日も、会うの楽しみだった」


 声が少しだけ小さくなった。

 聞こえたか心配になって、顔を見た。

 颯太は、まっすぐこちらを見ていた。


「隣の家じゃなくても、ご飯誘ってたと思う」


 彼の口元が少し動いた。


「今は、隣に住んでないけどな」

「分かってる。実家の話」

「うん」


 少し笑えたので、最後を言えた。


「颯太が好き。付き合ってほしい」


 言ったあと、指を膝の上で握った。

 返事を聞くのは怖かった。

 正月の言葉を、私が都合よく受け取っていた可能性もある。


「俺も、菜月が好き」


 颯太は、一度言葉を切った。


「祭りのあと、次にいつ会えるか気になってた。家の集まりじゃなくても、会いたかった」

「……誘えばよかったのに」

「同じこと言われると思った」


 私は笑い、息を吐いた。

 握っていた手がほどけた。


「もう一回、って言っていいのかな」

「いいんじゃない。でも、高校の続きじゃなくて、今からで」


 私はうなずいた。

 高校生の颯太が、今の私を見ても、同じように好きになるかは分からない。

 私だって、今の颯太について知らないことが多い。

 これから聞きたいと思った。


「じゃあ、次に転職したくなっても、先に別れる話しない」

「そこ、転職したいって言ってくれればいい」

「うん。颯太も、別れたくなかったら、そう言って」

「分かった」


 約束はそれくらいにした。

 相手の予定が全部自分と同じになることも、何でもすぐ分かり合えることも、約束できない。

 それでも、言う相手がいるのは嬉しかった。


 店を出ると、風が強くなっていた。

 駐車場で別々の車へ向かう前、颯太が手を出した。

 私はその手を取った。

 冷たかったので、少し驚いた。


「緊張した」


 彼が言った。


「私も」

「見えなかった」

「パン追加してたから?」

「それもある」


 私は笑った。

 颯太は、ほんの少し強く握り返した。


「来週、会える?」

「土曜、午後なら。午前は洗濯したい」

「じゃあ午後。どっちの街にする?」


 今日のように中間でもいいし、どちらかの住む街でもいい。

 私はまだ行ったことのない、颯太の家の近所を歩いてみたかった。


「そっち、案内して」

「分かった」


 決まったので、手を離した。

 それぞれの車に乗り込む。

 家へ帰る途中、一つ信号を越えてから、私はやっと笑ってしまった。

 誰も見ていない車の中で、口元がなかなか戻らなかった。


 *


 四月の終わり、両家でまたバーベキューをした。

 私は颯太と付き合っていることを、まだ母たちに正式には話していなかった。

 隠すつもりはなかったけれど、二人で会う予定を、いちいち実家へ報告する必要もなかった。

 週末には颯太の部屋へ行ったし、彼も私の街へ来た。

 部屋の洗面所の照明を見た彼は、「確かに明るい」と笑った。

 私は颯太の本棚で、知らなかった趣味の雑誌を見つけた。

 家族ぐるみではなかった休日が、少しずつ増えていた。


 当日は、焼き始める前に肉の追加が必要になった。

 父は大皿二枚に肉を広げて十分だと言ったが、母がパックの重さを足すと、六人分には足りなかった。


「颯太、菜月と買い出し行って」


 母に言われ、私たちは同時に返事をした。


「はーい」


 近所のスーパーへ、歩いて行った。

 徒歩五分。保冷バッグには小さな保冷剤を入れた。

 冬ではないので、帰りに寄り道するなら、肉を買う前に、と颯太が言った。


「あの店、開いてる」


 角の小さな店を、私が指さした。

 去年までは空き店舗だった所に、持ち帰りのコーヒー屋ができていた。

 二人で一杯ずつ買ったら、隣の席が空いたので、少しだけ座った。

 颯太が、先週観た映画の続きを話す。

 私も返したいことがあって、話が終わらなかった。

 母から「今どこ?」と連絡が来たので、二人で立ち上がった。


 肉を買って帰ると、炭はもう赤くなっていた。

 母が袋を受け取る。


「あんたたち、また付き合った?」


 私と颯太は、玄関で止まった。


「……なんで分かったの?」

「肉買いに行くだけで四十分もかかってるから」

「レジが混んでた」


 颯太が言った。

 母の目が、彼の反対の手に移った。


「そのコーヒー、レジで買ったの?」


 颯太は紙カップを少し下げた。

 私は笑ってしまった。


「うん。付き合ってる」

「そう」


 母は肉を持って、台所へ向かった。

 五年前と同じ返事だった。

 今度は薄情だと思わなかった。


「じゃあ、颯太。庭の椅子、もう一脚出して」

「はい」

「菜月は野菜切って」

「はい」


 私たちは顔を見合わせた。

 少しだけ笑って、それぞれ頼まれた方へ行った。


 台所でキャベツを切っていると、颯太が空のボウルを取りに来た。


「明日、何時に迎えに行く?」

「十時でいい? 洗濯物干してから」

「じゃあ十時」


 母が、行き先を聞いた。


「二人で、どこ行くの?」

「海。天気いいって」

「いいね。うちらは明日、桐谷さんと温泉」


 また聞いていなかった。

 颯太も知らなかったらしく、私と同じ顔をした。

 母は、あのクーラーボックス借りられる、と颯太に聞いている。


「いいけど、先に言って」


 颯太が答えると、母は笑った。

 私は切ったキャベツをボウルへ入れて、彼に渡した。

 颯太はまだ切っていない野菜を見て、ボウルを調理台の端に置いた。


 明日の待ち合わせは、隣の玄関ではなかった。

 私の部屋へ迎えに来てもらう。

 その前に朝ご飯を食べて、洗濯物を干して、持っていく上着を決める。

 颯太の方も、どの道を通るか、自分の部屋で調べてくる。


「菜月、しいたけも切る?」


 母が袋を持ち上げた。


「切る。薄くして」

「自分で切るんだから、自分で薄くしなさいよ」


 颯太が横で笑った。

 私はしいたけを受け取り、包丁を持ち直した。


「颯太の分も、薄くなるけど」

「いいよ。俺の皿に埋めるなよ」

「今日は自分で食べる」


 私は言って、一枚目を切った。

 颯太は、それなら俺もピーマン取るか、と言って庭へ向かった。

 母はその背中を見送り、冷蔵庫の前で声を上げた。


「あ、氷。忘れた」


 私は包丁を置いた。

 庭へ向かう颯太の足音も止まった。


「今度は、お母さんが行って」


 二人の声が、きれいに揃った。


~完~


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


別れていた五年間にも、それぞれの暮らしがあった菜月と颯太。昔に戻るのではなく、今の相手を知って、もう一度好きになる二人を書きました。


両家の賑やかな食卓も、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。


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