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五年前に別れた幼なじみと、両親が仲よすぎて縁が切れません  作者: 黒咲かぐら


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第2話 元彼とスーパーへ行く

「菜月、颯太と買ってきて」


 母は千円札を二枚、私に渡した。


「なんで二人?」

「車出せるの、颯太だから」

「私も出せるけど」

「じゃあ菜月が出せば?」


 どちらの車でもいいらしい。

 隣の庭からおばさんがやってきて、氷は二袋、と付け足した。


「あと炭酸水。お父さんたち、冷たいの飲みたいって」

「氷とキャベツと炭酸水?」

「炭酸水は大きいの二本。お願い」


 車から荷物を運ぶところまで考えると、確かに一人より二人だった。

 颯太が車の鍵を持って、玄関に立った。


「近い方の店、盆は早く閉まる。駅の方に行くけど、いい?」

「私も行く」

「じゃあ、俺出すよ。お前の車、奥だし」


 庭の隅に駐車した私の車の前には、父たちが広げた道具が並んでいる。

 断るために炭の袋を動かすのも変だったので、私は靴を履いた。


 颯太の車は、知らない車だった。

 助手席の扉を開けて、まず足元を見た。空のペットボトルも、丸めたレシートもない。


「きれい」

「何その感想」

「前、助手席の下に靴下あった」

「大学のときの車だろ」

「靴下が車にあるの、忘れられない」

「フットサルのあとだったんだよ」


 颯太は困ったように笑って、エンジンをかけた。

 ナビの画面には、これから行くスーパーの場所が出ている。

 すぐ冷風が当たって、焼き場の熱で火照った腕が気持ちよかった。


「寒かったら、そっちで変えられるから」

「今は大丈夫」


 五年前の颯太も、こういうことを言っただろうか。

 言った気もするし、私が勝手に温度を変えていた気もする。

 よく知っているつもりの人なのに、車の中では少し落ち着かなかった。


 駅前のスーパーは、お盆でも混んでいた。

 私はかごを取った。颯太が横からそれを持ち、カートに載せる。


「そこまで大荷物じゃなくない?」

「氷、二袋だろ」

「そうだった」


 野菜売場でキャベツを一玉選ぶ。

 隣で颯太が半玉の方を指さした。


「焼きそばだけなら、こっちで足りるんじゃない」

「お母さん、明日も何かに使うと思う」

「聞く?」


 私が電話すると、母はコール一回で出た。


「キャベツ、一玉?」

『半分でいいよ。明日から旅行だから』

「旅行?」

『一泊。桐谷さんと。言わなかったっけ』

「聞いてない」


 今日二回目だった。

 電話を切ると、颯太が半玉をかごに入れた。


「知ってた?」

「さっき聞いた。俺がクーラーボックス貸すことになってた」

「持ち主への連絡が最後なんだ」

「もう缶が入ってた」


 旅行の準備まで進んでいる。

 私たちが帰省する理由も、両親からすれば旅行前の冷蔵庫整理なのかもしれない。


 飲料の棚で、颯太が炭酸水を二本取った。

 私はカートに寄りかかりながら、彼の手元を見た。

 買い物に迷いがない。野菜の値段も、容量も、普通に見ていた。


「料理するんだ」

「するよ」

「目玉焼き、焦がしてたじゃん」

「いつの話だよ。一人暮らし五年目だぞ」

「そんなに経つ?」

「就職して、最初の年の秋に出たから」


 私は大学のゼミ旅行のときの、黒くなった卵を思い出していた。

 颯太はもう、毎朝あの卵を食べている人ではなかった。


「普段、何作るの?」

「最近は鶏肉が多い。切って焼けばいいから」

「それ料理?」

「味つけするし、野菜も炒める」

「失礼しました」


 調味料の通路を抜けるとき、颯太は棚の前で少し止まった。


「何?」

「俺の買い物してもいい?」

「いいよ」


 粒マスタードが、かごの端に置かれた。

 私はラベルを読んだ。


「これ、鶏に?」

「うん。あとはじゃがいも」

「急にちゃんと料理してる」

「さっきから失礼だな」


 口調は昔のままなのに、かごに入るものは違った。

 私も、見覚えのある味噌を見つけて足を止める。

 県外で暮らしていたとき、近所のスーパーでよく買っていたものだ。


「それ、買うの?」

「家にまだある。この味噌、おいしいよ」

「へえ」


 颯太は棚を見て、一つ取った。


「合わせ味噌?」

「うん。少し甘い」

「試してみる」


 私たちの買い物が二つ増えた。

 何度も一緒にスーパーへ来たことはある。でも、別々の家に持ち帰るものを、こうして選ぶのは初めてだった。


 最後に氷を取って、会計に並ぶ。

 颯太は自分の調味料だけを別のかごに移した。

 私が財布を出すと「キャベツはそっちの二千円」と言われ、母のお金を思い出した。

 元彼との買い物で自分が何を気にしているのか、あまり考えたくなかった。


 帰りの車では、氷の袋が後部座席でがさがさ鳴った。


「県外、五年くらいいたんだっけ」


 赤信号で、颯太が聞いた。


「うん。今年の春まで」

「戻ったの、転職で?」

「そう。今の会社、やりたかった仕事の募集が出てて。応募したら受かった」


 最初の会社では、営業の事務をしていた。

 見積もりや発注を扱ううちに、もっと商品が決まる前から関わってみたくなった。今の会社の募集を見つけたのは、その頃だ。

 実家に近いのもよかったけれど、実家から通うことは考えなかった。

 自分の部屋で、自分の時間に帰りたかった。


「向こう、楽しかった?」


 私は、窓の外から颯太に目を戻した。

 信号はまだ赤だった。


「楽しかったよ」


 少し待った。


「そっか」


 颯太はうなずいた。それから、どんな所、と聞いた。

 私は、会社帰りに寄っていた商店街の話をした。

 魚屋のおばあさんに煮つけの作り方を聞いたら、店にいた知らないお客さんまで説明に加わったこと。友達と日帰りで海に行って、二人とも肩だけ日焼けしたこと。

 向こうに暮らす友達とは、今でも連絡を取っている。秋にも会う予定だ。


「肩だけって、服どうなってたんだよ」

「そこだけ日焼け止め忘れたの」

「器用だな」


 颯太は笑った。

 私はもう少し話したくなった。五年前は、向こうでどんな暮らしをしたいか、まともに伝えないまま終わったのに。


 家に着くと、父が焼きそばの袋を持って待っていた。


「遅かったな」

「駅の方まで行ったから。これ、おつり」


 私は母に小銭を渡し、キャベツを洗った。

 颯太は氷をクーラーボックスへ入れてから、台所に戻ってきた。


「切る?」

「私やる」

「じゃあ、これ運ぶ」


 颯太がキャベツのボウルを受け取る。買い物の続きをしているみたいだった。

 焼きそばは、無事に六人分できた。

 父が粉末ソースを一袋入れ忘れたので、最後はおばさんが焼いた。


 その夜、一人暮らしの部屋へ戻ると、颯太からメッセージが来ていた。


『味噌、どこで使ってた? さっき聞き忘れた』


 名前の上には、数年前の事務的なやり取りが残っていた。母の連絡を伝えた一行と、了解、の二文字。

 私は新しい欄に文字を打った。


『普通に味噌汁。あと豚肉に塗って焼いてた』

『分量は?』

『適当』

『ちゃんと料理してる?』


 昼間の仕返しだった。

 私は冷蔵庫の前に立ったまま笑い、思い出せる範囲の分量を送った。


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