義理の妹 3
胸いっぱいの不安を抱くマリーヒェンが父親に呼び出されたのは、夜の九時のことだった。
呼び出しを受け、マリーヒェンは父親の帰宅さえ知らされていなかったことに軽いショックを受ける。でも、この状況下なら仕方がないと必死に自分に言い聞かせ慰めた。
父の執務室に向かうと、すでにリーゼロッテとヨルグが待機していた。リーゼロッテはマリーヒェンの顔を見て、表情を引きつらせる。怯えた彼女の背中を、ヨルグが優しくさすり声をかける。その姿は兄妹というより、もはや恋人同士のようにも見える。
「話はきいたぞ、マリー。リーゼを階段から突き落としたそうだな」
腕を組んだ父が、マリーヒェンに厳しい視線を向ける。
「妹が気に入らないのならば、なぜ養女にする際に賛成したのだ。あのときに反対していればよかっただろう」
「それは……」
「言い訳は無用だ!」
執務机を力いっぱいたたいた父の姿に、マリーヒェンはなにも言い返せない。
言い返そうとしても喉が震えて、言葉にならない。口元を手で覆うマリーヒェンを見て、父は大きくため息をついた。
「お前は将来王妃となるのだろう。ならば、広い視野と心を持つべきだ。陰湿な嫌がらせなど、低俗だとわからぬか」
マリーヒェンには失望したと、父の言葉は物語っている。
「リーゼは王国にとって重要な魔法使いなのだ。なにかの拍子に魔法が使えなくなったら、お前はどう責任を取るつもりだ」
鋭い視線を浴び、マリーヒェンはぎゅっと目をつむった。
話せばわかると信じていた。だが、実際は話すことさえ許されなかった。
父親もヨルグも使用人たちも。リーゼロッテの言葉を鵜呑みにし、マリーヒェンの意見には耳を傾けようともしない。
「この件について、今回は内密に処理をしておく。だが、またおかしな気を起こしたときは……わかっているな?」
こぶしを握った。
リーゼロッテとヨルグが、こちらをじっと見つめている。その姿にも、無性に腹が立って仕方がない。
「はい、承知いたしました、お父さま……」
貴族にとって当主の言葉は絶対だ。たとえ自分の意見や気持ちと食い違っていたとしても、素直に従わないとならない。
染みついた貴族としての生き方に、マリーヒェンは抗うことができなかった。
「ならばいい。まったく、まさかこんな娘だとは思わなかったよ」
父がマリーヒェンに向かってしっしと手を振る。それは顔も見たくない。出て行けと言っているように見えて、マリーヒェンは軽く唇を噛んだ。そして勢いよく頭を下げ、逃げるように父の執務室を出ていく。
(どうして話を聞いてくれないの? どうして私を悪者にするの? どうしてリーゼが嘘をついているって、思わないの?)
苦しさや悔しさが身体の内側にこびりつき、胸を掻きむしりたい衝動に襲われる。
廊下を早足で歩いた。途中すれ違う使用人たちが、戸惑いがちに頭を下げる。彼女たちもまた、今日の出来事を耳にしたのだろう。マリーヒェンへの関わり方に、悩んでいる様子が見えた。
私室に入って、勢いよく扉を閉める。扉に背を預け、ずるずるとへたり込んだ。
「悪い夢なら早く覚めてよ……! こんなの、こんなの嘘よ。目を覚ましたらきっと、またいつも通りに……」
両親も兄も、原因であるリーゼも。いつも通りに接してくれるはずだ。
あぁ、そうだ。これは悪い夢なのだ。明日になれば、全部元に戻っているはずだ!
膝を抱えたマリーヒェンは、これが悪夢だと信じることを心の支えとした。
だが、これは悪夢などではなく、現実だった。むしろ、ここからがはじまりだった。
リーゼロッテが日に日に公爵家に馴染むと同時に、周囲からのマリーヒェンへの信頼は崩れていった。
両親やヨルグはリーゼロッテを可愛がり、マリーヒェンのことはあからさまに無視するようになった。待遇にも差を付けられ、気づくとマリーヒェンは公爵邸の異物となっていた。
主たちがこの調子なので、使用人たちの態度も悪くなる一方だ。リーゼロッテを「リーゼロッテお嬢さま」と親しみを込めて呼ぶのに対し、マリーヒェンを呼ぶ声には蔑みが入るようになった。
特に若い侍女たちの間ではマリーヒェンは『稀代の悪女』とささやかれているらしい。噂には尾ひれがつき、ついには社交界にまで出回るようになった。
そのころには父ももう、マリーヒェンに愛情など抱いていなかったのだろう。うわさを火消しをすることもなく、困った娘を持った哀れな父親を演じるようになっていた。
社交界で憧れを集めていた公爵令嬢マリーヒェン・クラウヴェルは、たった三ヵ月という月日で評判を反転させた。
『稀代の悪女』『陰湿な女』『王太子妃にふさわしくない』『早く婚約破棄されればいいのに』
周囲の心無い言葉たちに、マリーヒェンの心は擦り減っていく。それでも、自分にはヘンリクがいる。正義感にあふれ、物事をきちんと公平な目で見ることができる彼なら、マリーヒェンの無実を信じてくれる……と、思っていたのに。
現実は残酷で、彼もまた、リーゼロッテの味方をした。
そして、婚約破棄と公爵家からの勘当を突き付けたのだ。




