義理の妹 2
養女の手続きを済ませ、リーゼ改めリーゼロッテはクラウヴェル公爵家の次女となった。
マリーヒェンはより一層彼女に寄り添い、支えていこうと誓った。
周囲に付け入る隙を与えないように、多少口うるさいほど注意したことはある。でも、それは決していじめではない。
リーゼロッテを想うがゆえの行動だった。
社交界は魔窟だ。ほんのわずかでも隙を見せれば、付け入られ、蹴落とされてしまう。マリーヒェンはリーゼロッテに貴族らしくなってほしかった。ただ、それだけだった。リーゼロッテもまた、マリーヒェンの想いに気づいている――と、思っていた。
まさか彼女が、この行動を利用してマリーヒェンの立場を乗っ取ろうとしていたなんて、想像もしていなかった。
はじめは偶然だと思っていた。
すれ違いざまにリーゼロッテが転んだことも。マリーヒェンの前で怯えたような態度を取ったことも。
そもそも後者は強く言いすぎたと反省していたところだったため、それが原因だと勝手に自己完結していた。あとできちんと謝ろうと決意をしていたところだったため、仕方がないと思っていた。
でも、さすがにそれが続くとおかしいと疑問を抱くようになった。
さらにこのころから、マリーヒェンの婚約者で王太子のヘンリクとリーゼロッテの距離が明らかに近くなった。
元々魔法使いに強い憧れを抱くヘンリクだ。魔法使いのリーゼロッテと交流を持ち、二人きりで会うこともなんらおかしなことではない。やましいことがあれば隠すだろうし、堂々と会っているのだから想いを重ねているわけでもない。
思い返せば、マリーヒェンは楽観的だった。
この時点で、違和感はたくさんあったというのに……。
決定的な出来事は、今から三ヵ月前のこと。
屋敷の階段ですれ違う際、リーゼロッテが転落したのだ。
マリーヒェンは慌てて彼女に駆け寄った。大丈夫だろうか。けがなどはしていないだろうか。
善意だけで彼女に声をかけようとしたマリーヒェンの耳に届いたのは、リーゼロッテの怯えたような声だった。
「ごめんなさい、お義姉さま。どうかお許しになって……!」
身体を震わせ、目に涙を溜めて。マリーヒェンを怯えたように見つめるリーゼロッテ。
リーゼロッテが転落した音に驚いて、使用人たちがs部屋から飛び出してくる。
「なにか勘違いがあるようだけど、私は別に……」
マリーヒェンが手を伸ばすと、リーゼロッテは顔を背けた。彼女の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ、頬を伝う。
「ぶたないで! 私が悪かったから……!」
怯えるリーゼロッテと、呆然とするマリーヒェン。どちらが周囲の同情を買うかは、一目瞭然だった。
一人のメイドがリーゼロッテに近づいて、声をかける。彼女はリーゼロッテを支え起こし、マリーヒェンに目を向けた。
「マリーヒェンお嬢さま。階段から突き落とすなど、やりすぎですわ!」
「え……」
瞬きをする。彼女は一体、なにを言っているのだろう。
「リーゼロッテお嬢さまには、以前からマリーヒェンお嬢さまに嫌われているのではないか……という相談を受けておりました。はじめは考えすぎだと思いましたわ。ですが、今日ではっきりしました」
メイドがマリーヒェンを見る目は冷たかった。彼女は今、マリーヒェンを心の底から軽蔑している。
「リーゼロッテお嬢さまをいじめるのはおやめください! もう見てられませんわ!」
彼女の言葉に、使用人たちの間でざわめきが広がっていく。
しまいにそれはヨルグの耳にも入ったようで、階上からヨルグが「何事だ」と声をかけてきた。
「おにいさ――」
「お義兄さま!」
マリーヒェンの声を遮るように、リーゼロッテが声をあげる。ヨルグは一度だけマリーヒェンを見たあと、リーゼロッテに駆け寄った。彼は床に膝をつき、リーゼロッテの顔を覗き込む。
「リーゼ、なにがあったんだい? 話を聞かせてくれないか?」
柔らかく微笑んだヨルグの姿に、マリーヒェンの胸はざわめいた。
彼は今、迷うことなくリーゼロッテのほうに向かった。そして、たった一度向けたマリーヒェンへの眼差しは、冷ややかなものだった。
こぶしを握る。なんだか嫌な予感がする。このままでは、まるで自分が――。
「お義兄さま、お義姉さまを責めないでほしいの。これは私が……」
顔を覆いながら嗚咽を漏らすリーゼロッテの背中を、ヨルグが撫でる。
「いいから、話してごらん。マリーを責めるかどうかは、内容次第だよ」
「う、うん。気のせいだと思いたいのだけど、実はお義姉さまに――」
リーゼロッテが語った内容は、マリーヒェンには心当たりのないものだった。
ここのところ毎日のようにマリーヒェンから嫌がらせを受けている。気のせいだと信じていたが、今日、すれ違いざまに階段から突き通された。でも、公爵家にやってきた自分が悪いのだから、マリーヒェンを責めないでほしい……。
(嘘、嘘よ! だって私はリーゼに嫌がらせなんて!)
マリーヒェンが無実を訴えようとしたとき、ヨルグがぱんっと自身の膝をたたいた。
驚いてびくっと肩が跳ねる。ヨルグはゆっくりマリーヒェンを見つめ、口を開いた。
「この件については父上と母上が戻り次第、報告させてもらう。それまで部屋で大人しくしていろ」
「待って! 私の話も――」
「だれか、マリーを部屋に運べ。監視をつけ、一歩も出さないようにしろ!」
両親不在の今、この家で最も権力を持つのは跡継ぎのヨルグだ。
マリーヒェンはヨルグの指示に従った使用人たちによって、私室に閉じ込められてしまった。
(……大丈夫。きちんと話をすれば、わかってもらえるわ)
すべて勘違いだったと、話せばわかってもらえるはず。祈るような気持ちのマリーヒェンの頭の中で、だれかがささやいた。
――本当に信じてもらえるの? と。




