義理の妹 1
――この世界には、かつて【魔法】と呼ばれるものが存在した。
【魔法】は一部の選ばれし人間のみが使える奇跡の力だ。物質や素材を生み出し、国を豊かにする力。
魔法を使える者はどの国でも重宝され、神にも近い存在となった。一時期、その権力は王族を上回ったと記録されている。
しかし、今から三百年前のこと。突如魔法が消えた。
魔法が消えたのは世界三大大陸の一つ、ブルダン大陸。マリーヒェンたちが暮らすファスナハト王国もこの大陸に存在していた。
ファスナハト王国は魔法により豊かになった国だ。元々弱小国の一つでしかなかったこの国は、優秀な魔法使いが現れたことで頭角を現し、世界に名をとどろかせるようになった。
世界に向けた大きな発言力は魔法で得た。豊かな資源や土地もすべて魔法のおかげだった。
だからこそ、【魔法】という武器を失ったファスナハト王国はあっという間に衰退した。
権力や富は得ることこそ大変だが、失うときはあっさりとしたものだ。一度坂道を転がると、落ちきるまで止まらない。
この三百年、ファスナハト王国は国力をこれ以上下げまいと努力をしてきた。だが、その努力も大して実を結ばない。
もうこの国も終わりだろうか。次の王の代まで持つかどうか――というとき。一筋の希望が見えた。
それは【魔法使い】が現れたという知らせ。国王は直ちに保護するように命じ、三百年ぶりの魔法使いの姿を待ち望んだ。
そして、胸に期待を募らせていた国王の前に現れたのは――下町で育った平民の娘リーゼ。そう、彼女こそがマリーヒェンからすべてを奪った義妹リーゼロッテだ。
正式にリーゼを魔法使いと認定した国王は、クラウヴェル公爵家にリーゼの教育を任せた。
マリーヒェンの生家クラウヴェル公爵家は、筆頭貴族と名高い一族だ。過去には何度か王女が降嫁し、王妃も輩出している。特に令嬢マリーヒェンは王太子ヘンリクの婚約者。国王からすると、この家以上に教育に適した家はないという考えだったのだろう。
はじめてクラウヴェル公爵家を訪れたリーゼは、緊張で顔をこわばらせ、動きもどこかおぼつかなかった。
当初マリーヒェンをはじめとした公爵家の面々は、「本当にこの娘が魔法使いなのか?」と疑いの目で見ていた。しかし、彼女が次々に起こす奇跡としか言いようのない光景を目の当たりにすると、認めるしかない。
彼女は一度は失われたはずの【魔法使い】だ! と。
リーゼの才能を認めると、次にマリーヒェンの中に芽生えたのは王太子の婚約者としての責任だった。
自分はいずれ王太子妃、王妃となっていく存在。国のためにリーゼを一人前のレディにし、ともに国を支えてもらわなくては!
マリーヒェンは自身の持つ知識の中で、使えそうなものを惜しみなくリーゼに与えた。リーゼはリーゼで、マリーヒェンの知らない下町での暮らしを教えてくれた。気づくとマリーヒェンとリーゼは身分を超えた友人のような存在となっていた。
「リーゼをうちの養女にしようという話が出ている」
リーゼが公爵邸にやってきて一カ月が経った頃。朝食の席で当主である父が切り出した。
「彼女は魔法使いだ。今の身分のままでいいはずがない。それに、今はもうリーゼがいない生活など考えられないだろう」
普段は厳格な父が、口元をふっと緩める。
母はすぐに同意し、養女の件はマリーヒェンとその兄ヨルグの答え次第となった。
「俺は構いません。むしろ、今後の公爵家のためにも今のうちに養女にしておくほうがいいのではないでしょうか?」
ヨルグがすっと手を挙げ、言葉を述べる。
「まぁ、ヨルグったら。それではまるでリーゼを政治の駒として使おうとしているみたいよ。素直に言いなさいな。あなたもリーゼを気に入っているって」
「なっ!」
母の言葉に、周囲にどっと笑いが起こる。張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなった。
「マリーヒェンはどう思う」
父の眼差しがマリーヒェンを射抜く。
瞳の奥が揺れている気がする。もしかしたら、父はマリーヒェンが反対すると思っているのかもしれない。
同性である以上、マリーヒェンとリーゼは比べられる運命にある。リーゼの存在に、マリーヒェンが気を悪くすることはなにもおかしなことではない。
「私も構いませんわ。お父さまとお母さまの決定に従います」
静かに告げると、リーゼが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、マリーさま……いえ、お義姉さま!」
「気が早いわよ、リーゼ」
彼女が笑うと空間に花が咲く。明るくて優しい、才能もある女の子。嫌いになる要素などなかった。実際、マリーヒェンもリーゼが大好きで、友情を感じていた。
しかし、なぜだろう。同時に胸騒ぎも感じる。
マリーヒェンは胸を押さえた。家族の静かな会話を耳にする中、心臓が嫌な音を立てている。
「どうかしたのか、マリー?」
隣に座るヨルグが顔を覗き込んでくる。マリーヒェンは緩く首を横に振って笑った。
「いえ、なんでもないわ。気にしないで、お兄さま」
思い返せば、この選択が間違いだったのだ。リーゼを公爵家で受け入れなかったら……きっと、あの未来は訪れなかった。




