はじまり
新連載です。
なろうさんに投稿するのも随分久々になってしまいました……。
よろしくお願いいたします。
ここ三ヵ月、マリーヒェン・クラウヴェルにはずっと考えていることがある。
社交期の開催を合図する王宮舞踏会。人々のにぎやかな会話。王国一の楽団が奏でる心地よい音色。
いつもなら常に聞こえてくる音が、今は一切聞こえない。
人々の視線は会場内の一段高い位置に立つ一組の男女に注がれていた。
マリーヒェンは呆然と彼らを見つめた。そして、ばれないようにこぶしをぎゅっと握った。
「……ヘンリク殿下、これは一体どういうことですか?」
自らの正面に立つ男の顔を見つめた。
いずれはこうなるだろうと覚悟はしていた。でも、実際に目にすると激しく心が痛む。
親し気に身を寄せ合う男女の姿は、今のマリーヒェンの目には毒でしかない。
「キミには失望したよ、マリーヒェン嬢」
男のルビー色の瞳に強い蔑みが宿る。
憎悪にも似た感情を向けられ、マリーヒェンの喉からはひゅっと息が漏れた。
「キミは義理の妹であるリーゼロッテ嬢を虐げていたそうだね。礼儀作法がなっていないと一々文句を言っていたと報告を受けている」
「それは」
「確かにリーゼロッテ嬢の振る舞いは貴族とはいいがたいものだ。だが、彼女は一年前まで貴族とは縁遠い世界にいた。生まれながらの貴族であるキミとは違うんだ」
確かに何度か礼儀作法を注意したことはある。でもそれは義理の姉として、公爵家の者として当然のことだ。
それに注意をしたあとは必ず「一緒に頑張りましょうね」と付け足している。決していじめと言われるような行いはしていない。
「リーゼロッテ嬢の存在はこの国にとって宝玉以上の価値がある」
ヘンリクがリーゼロッテの肩を抱き寄せた。
その姿に、マリーヒェンはばれないように唇を噛む。
婚約して十年、マリーヒェンが彼に抱き寄せられたことなど一度もない。比べ、婚約者でもなんでもないリーゼロッテのことは抱き寄せるのだ……と思うと、胸の内側に黒い感情が芽生え、膨れ上がる。今すぐにでも目の前の男を罵倒したいと、心が叫んでいる。
「これでも僕はキミに期待していた。いずれ王妃となる者としての分別くらいはついていると思っていた」
ならば今、公衆の面前で婚約者の妹の肩を抱き寄せるヘンリクは、分別がついていると言えるのだろうか?
出そうになった言葉を寸前で呑み込む。彼になにを言ったって無駄だとわかっている。
(そう、お父さまもお母さまも、お兄さまも。使用人たちだってみんなそう。リーゼロッテの肩を持ち、私を悪者にする)
どれだけ自身の無実を訴えようと、周りはリーゼロッテの言葉だけを聞き、マリーヒェンの言葉を突っぱねた。
家族の愛情や使用人たちの信頼、心許せる友人たち。そのほぼすべてを、マリーヒェンはリーゼロッテに奪われた。
そして今度は婚約者までも、リーゼロッテに奪われようとしている。
「ここで僕は宣言する。醜い心を持つマリーヒェン嬢との婚約を破棄し、新たにリーゼロッテ嬢と婚約をすると!」
高らかな宣言に、周囲が戸惑うような声をこぼす。
だが、小さな拍手が生まれた。それは広がり、あっという間に会場内を埋め尽くす。
マリーヒェンは理解した。やはり自分は悪者なのだと。
ヘンリクの隣で恥じらうような笑みを浮かべる義妹リーゼロッテ。彼女が来るまで、マリーヒェンの人生は順風満帆だった。
両親と兄、家族四人で幸せに暮らしてきたのに。リーゼロッテが現れてから、すべてがおかしくなった。
はじめはリーゼロッテこそが家族の中の異物で、浮いていたはずだ。でも気が付くと、家族の中の異物はマリーヒェンになっていた。
両親と兄がリーゼロッテを褒めたたえ、可愛がる姿を遠目に見るようになった。同時に、マリーヒェンに向ける瞳には蔑みが宿りはじめた。
「マリーヒェン嬢、婚約破棄に伴いクラウヴェル公爵夫妻はキミを勘当すると言っていた。リーゼロッテ嬢を虐げた罪、その身をもって償うことだな」
こちらを見下ろすヘンリクの姿に、胸で大切に抱きかかえていた愛情が霧散していく。
もしかしたら彼だけは――と、心の隅で期待していた。けど、それも全部無駄だったのだ。
「お義姉さま……」
ヘンリクの腕の中からこちらを見つめるリーゼロッテの桃色の瞳。マリーヒェンを呼ぶ形のいい唇。
はじめて見たとき、マリーヒェンは彼女をとても可愛らしい子だと思ったのに。今は微塵も思えない。彼女の振る舞いすべてが、憎たらしくてたまらない。
「失礼いたします」
マリーヒェンは自分の心から目を逸らして早足でホールを出ていった。
今にも大声で泣きだしたいが、人前で泣くことはできない。
会場ホールから飛び出て、走って、走って、走って。ようやく一息ついたころに、マリーヒェンはその場に崩れ落ちた。
「どうして、どうして、どこで間違ってしまったの……?」
ここ三ヵ月、マリーヒェンはずっと考えている。
自分はどこで選択を誤ったのだろう――と。




