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相思相愛両片思いなのに自己評価が低すぎて気づけない彼女と、そんな彼女に情緒と感情をぐちゃぐちゃにされる男のお話。  作者: 黒井みやこ


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6話 もう少しだけ、夢を見ていたくて


 小さな田舎村の傍にある、小さな山。

 その三合目付近には、大きな家が見えた。


 分類で言えば、一応は豪邸に入るだろう。

 けれど、そう呼ぶのに抵抗がある程度には質素であるのもまた事実だった。


 はっきりと、"みすぼらしい"とさえ言っても良い。


 畑ばかり立派な、妙に田舎くさい豪邸。


 そこが、ソフィアの帰るべき家だった。




 ソフィアが家に帰って来る時は、大体日は暮れ切っている。

 それでもいつも部屋には明かりがついて、両親が温かく出迎えてくれた。


 それがなくなったのは、一体いつからだろうか。

 ほんの僅かでも給金を増やすため、仕事を増やし、農村の手伝いをして、毎日夜遅くまで働く両親。

 それに文句を言うことなど、出来るわけがなかった。


 真っ暗な自分だけの家に帰り、一人明かりをつけ、一人食事を取る。


 自分一人分の料理が、こんなに面倒な作業だなんてソフィアは知らなかった。


「……味が、しない」


 ちゃんと計ったはずなのに、味覚が何も訴えてこない。

 だからだろう。


 いつもの半分程度の量なのに、食べきるのに随分と時間がかかってしまった。


 洗い物が終わった辺りで、全身のけだるさが限界に達した。


 何も考えたくない。

 何もやりたくない。


 このまま寝たい。


 けれど、そんなことは出来ない。


 あの人の前に、風呂も入らないまま現れるなんて恥ずかしいこと、出来るわけがなかった。


 だから、面倒でもお風呂に入り、身だしなみを整える。


 髪を乾かし終わった後で、ソフィアはふと"あること"を思い出し、郵便受けに向かう。


 そしてそこに一枚の手紙が入っていることに気づいて、身体を竦ませた。


 何が書いているか、もう予測出来る。

 それでも、"婚約者"からの手紙だから見ないわけにはいかなかった。


 震える手を抑え、ペーパーカッターで丁寧に開封して、手紙を目を落とす。


 飾りも何もない紙には、前置きや挨拶などもなく、ただ本文のみが記される。


 内容を要約すると、書かれていることは主に三つ。


 待ち遠しい。

 金の準備は出来ている。


 そして……"いつまで仕事をしているつもりだ"と。


 読み終わってからしばらく呆然としていた後、ソフィアはゆっくりと膝から崩れ落ちる。

 手足がガクガクと震え、自分の身体を維持することさえ出来なくなっていた。


 わかっている。

 手紙の字はともかく、内容は正しい。


 なにせ、式までもう一月を切っているのだから。


 仕事を辞めて嫁ぐ準備をするのはどこまで正しい意見だ。


 それでも……。


「もう少し……もう少しだけ……」


 涙を堪えながら、繰り返し呟く。


 愛されないことはわかっている。

 あの人とは住む世界が違いすぎる。

 そんなの、誰に言われることでもなく理解している。


 だけど……それでも……。

 ソフィアは知らなかった。

 あの人ほど聡明で、優しくて……そして温かい人を。


 だからもう少しだけでも、一緒にいたかった。

 それが、仮初の夢であるとわかっていても。


 手紙をテーブルに置いて、悲しみを抑えるため静かに息を整える。


 泣いたらいけない。

 腫れた目で、顔で、あの人の前に出たくない。


 自分が他の方々より美しくないことはわかっている。

 気取って頑張ったところで他の誰にも勝てない。


 それでも……やっぱり、少しでも綺麗に見せたかった。


「……少し前までは、わからなかったんだけどな」


 お洒落をする理由が、綺麗になりたい理由がわからなかった。

 そんなことするくらいなら一冊でも本を読んでいた。


 けど、今はもうわかってしまった。

 どうしてみんなそうなのかを。


 わかった時には、全部手遅れだったけれど……。


 静かに深呼吸をすると、涙は引く。


 もう眠ろう。

 眠って、明日仕事をして、そして……。


「明日のことは、明日考えよう」


 ふらふらと、まるで病人のような足取りでベッドに向かう。


 丁度そのタイミングだった。


 呼び鈴が、鳴ったのは――。


「こんな時間に?」


 夜の帳は降り、ミミズクが奏でる世界に来客が来るなんてのは普通のことじゃない。


 一瞬、自分の婚約者かと思い顔を青ざめ身の危険を感じるも、すぐにそれは否定する。


 もしも"彼"だったなら、呼び鈴を鳴らすなんて常識的なことしない。

 まず間違いなく、乱暴なノックを奏でていた。


 怯えつつ、ソフィアは扉を開く。

 そこには、身なりの整った老執事が立っていた。


 老執事はにこやかな顔でシルクハットを取り、丁寧な挨拶を披露する。


「失礼、私はグレイス伯爵家の執事にてございます」


「え? ヴィンセント様の!?」


「そのヴィンセント様が、貴女をお呼びでございます。ソフィア・ローヴェル様」


 一瞬、ソフィアは表情を輝かせる。

 けれどテーブルにある手紙のことを思い出し、表情が消えた。


「……すいません。何のお誘いかわかりませんが、お断りします。夕食ももう、頂きましたし……」


「――いえいえ。そうじゃないんですよ」


「……え?」


 老執事は微笑みながら、けれどプレッシャーを放ちながら手紙を渡す。

 それには、個人間で送るには仰々しい、真っ赤な蝋印が施されていた。


「次期伯爵たるヴィンセント・フォン・グレイス様から、ローウェル男爵家の令嬢であるソフィア様へ。これは、貴族として正式の招集案内でございます」


 ソフィアの家は、男爵と言っても父を一代目という弱小新興貴族である。

 それでも、これの意味するところくらいは理解出来た。


 手紙は――拒否権のない出頭命令だった。



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