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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章「再会の約束」

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第11話「ヴァルトニアの名前」

第11話「ヴァルトニアの名前」


 フォルネリア辺境侯国。その重厚な石造りの館の謁見の間は、ひどく冷え切った空気が流れていた。

 私たち『流星の絆』パーティーは、街道の通行許可と魔物の動向を探るため、この地の有力貴族に謁見していた。

 豪華な椅子に深々と座る初老の貴族が、品定めをするような鋭い視線を向けてくる。

「旅の冒険者よ。無礼は許さぬ。名を名乗れ」

 私は、お父さんから口酸っぱく教えられていたことを思い出した。『もし偉い人に会う機会があったら、失礼のないよう、教えた通りに名乗れ』。

 お父さんは普段適当だけど、こういう礼儀にはうるさい。私は深々と、教わった通りの完璧な角度で一礼し、落ち着いた声で答えた。

「ヴィーナ・エルディナ伯・ヴァルトニアと申します」

 一瞬、謁見の間から全ての音が消えた。

 ……あれ? 私、何か変なこと言ったかな。お父さんの言った通りに練習したんだけど。

 沈黙の後、貴族が椅子から弾かれたように立ち上がった。その顔は、まるで幽霊でも見たかのように引き攣っている。

「……今、何と名乗った」

「ですから、ヴィーナ・エルディナ伯・ヴァルトニアです。あの……何か、言い方が間違っていましたか?」

 私が首を傾げた瞬間、信じられないことが起きた。

 目の前の貴族が、そして左右に控えていた兵士や文官たちが、一斉に、示し合わせたようにその場にひざまずいたのだ。

「えっ?! ええっ?!」

 状況が全く飲み込めない。隣にいたレナさんも、盾を握ったまま石像のように固まっている。

「……ヴィーナ、あんた……」

「え……えっ?! ちょっと待って?! 今の何?! ギャグ?!」

 ナツキが裏返った声を上げ、クロエは「……なんで全員ひざまずいてるの」と耳を伏せて困惑している。一方で、知識豊富なエリカだけは、顔を真っ白にしてガタガタと震えていた。

「え、エルディナ伯……ヴァルトニア……。嘘……本物……?」

 貴族は額を床に擦り付けるほどの勢いで、震えながら声を絞り出した。

「……ヴァルトニア家のご令嬢が……この、このような辺境の地に……! これまでの無礼の数々、何卒……何卒お許しください!!」

「ええっ?! なんで謝ってるの?! 礼儀は合ってたよね?! ねえ、みんな立ってよ、怖いから!」

 私が慌てて手を振ると、別の文官が私の肩口にあるローブを凝視して、息を呑んだ。

「そのローブの意匠……間違いない、マルターレス家との友好紋だ。さらにその髪飾り……ヴァルトニアの双雷紋……本物だ、本物のヴァルトニアの姫君だ……!」

 お父さんがくれたこの髪飾り、そんなにすごいものだったの?

 謁見の間は、平伏する人々と、驚愕で言葉を失う仲間たち、そして何が何だか分からず半泣きになる私で、大混乱に陥った。


 エルディナ、ヴァルトニア邸の静かな執務室。

 ゼフィールが、困惑と苦笑いが混じったような妙な表情で報告書を持ってきた。

「主。フォルネリアから緊急の報告が入りました。……ヴィーナお嬢様が、例の謁見で『ヴァルトニア』の姓を名乗られたそうで」

「……あ」

 俺は思わず額を押さえた。

「フォルネリアの貴族たちは、伝説の英雄の家系が予告なしに現れたと大騒ぎになり、現在は街を挙げての国賓級の接待攻勢になっているとのことです」

「……教えておかなかった俺のせいだな」

 俺は溜息をついた。あの子には「貴族の前では正式に名乗れ」とは教えたが、その名前が大陸全土においてどれほどの重圧プレッシャーを他人に与えるかまでは、説明していなかった。

 セバスが紅茶を淹れながら、微笑みを隠さずに口を開く。

「お嬢様も十六歳。そろそろヴァルトニアの家の実態と、主がこの二百五十年で築き上げたものの重みをお話しする時が来たかと思います」

「……ああ。戻ってきたら話す。……逃げられそうにないからな」

 セバスが下がった後、俺は一人、静寂の中に身を置いた。

 十五年前までなら、ここで「困った子ね」と笑う声が聞こえたはずだった。

(……お前なら、間違いなく大笑いするだろうな、セラ)

 俺がひた隠しにしてきた「ヴァルトニア」の威光を、俺の娘がこれほど無邪気に、そして強烈にぶちまけたのだ。

「……だが、悪くない」

 不意に、早馬によるヴィーナからの手紙が届いた。

『おとうさん!! たすけて!! なんか名乗った瞬間に全員ひざまずいて動かなくなっちゃったの!! 私、何か悪い魔法でも使っちゃったのかな!? 早く迎えに来て!!』

 文字の並びからでも、彼女のパニックが伝わってくる。

「……セバス。フォルネリアへ行く。準備しろ」

「かしこまりました。……最高級の馬車を用意いたしましょう」

 セバスの悪戯っぽい微笑みに、俺はもう一度、深い溜息をついて立ち上がった。

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