第12話「ヴァルトニア家を知る」
第12話「ヴァルトニア家を知る」
フォルネリアでのあの大混乱から数日。お父さんに連れられてやってきたのは、王都リュミナにある「ヴァルトニア邸」だった。
馬車が止まった黒鉄の門柱を見上げて、私は息を呑んだ。
「……あ。髪飾りの模様と同じだ」
そこには、お父さんからもらった髪飾りと全く同じ、鋭い雷光を模った紋章が刻まれていた。
門が開くと、そこには燕尾服を完璧に着こなした老紳士が待っていた。
「お帰りなさいませ、ヴィーナお嬢様」
「ただいま……って、なんで『お嬢様』なの? 私はただのヴィーナだよ!」
困惑する私を余所に、セバスさんと名乗った執事さんは優雅な手つきで大広間へと案内してくれた。
足を踏み入れた瞬間、視界が真っ赤な絨毯で埋め尽くされる。高い天井、壁に並ぶ不思議な宝具の数々。そして正面には、巨大な肖像画が飾られていた。
「……すごい。正面の絵……おとうさんだ」
そこには、今よりずっと険しい顔をしたお父さんが、立派な軍服姿で描かれていた。
「なんでこんな立派な場所に飾ってあるの? ここ、本当にお父さんの家なの?」
私の問いに、セバスさんが静かに微笑みながら語り始めた。
「当家はKR65年に創設されました。主がエルディナ伯爵の称号を得た年でございます。185年の歴史がございます」
「185年……? おとうさん、そんな前から伯爵なの? 見た目は私と変わらないのに!」
セバスさんの説明は、私の想像を絶するものだった。
ヴァルトニアの名は、この大陸において畏怖と敬意の対象であること。185年間、一度も戦死者を出さずに大陸を守り続けてきた伝説の騎士団を抱える家系であること。
「じゃあ私がフォルネリアで名乗った時に、みんなが頭を下げたのって……」
「はい。自然な反応かと。ヴァルトニアの名を継ぐ者が現れれば、例え王族であっても無礼は許されません」
「……おとうさん、教えてくれてたら良かったのに! 恥かいたじゃん!」
私が頬を膨らませると、隣にいた巨漢の騎士、アルトミュラーさんが拳を胸に当てた。
「創設以来、我が騎士団の戦死者はゼロ。それは我らが強いからだけではない」
「主が、決して死なせないように守らせてくれているからです」
影からひょっこりとゼフィールさんが現れ、私は「わあ! どこから出てきたの!」と思わず飛び上がった。
広間の奥から、いつも通りのぶっきらぼうな足取りでお父さんが入ってきた。
「おとうさん! なんで言わなかったの! こんなすごい家だって!」
「……お前が自分で知る時まで待っていた。知った上で、どう思うかはお前が決めることだ」
お父さんは相変わらず、突き放すような言い方をする。でも、この家の歴史やみんなの言葉を聞いた後だと、その背中が少し違って見えた。
「……かっこいいじゃん、おとうさん」
「…………」
お父さんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして言葉に詰まった。
私は自分の肩にかかったローブと髪飾りに触れた。
「このローブとか髪飾りも……意味があったの?」
「……ある。髪飾りは家の紋章だ。ローブはマルターレス家との友好の証。それを持っていれば、大陸のどこへ行ってもヴァルトニアの加護がある」
「ぜんぶ意味あったんだ……! でも、なんで今まで隠してたの?」
お父さんは少しだけ視線を泳がせ、それから絞り出すように言った。
「フォルネリアで二人で暮らしていた時……俺は、ただのお前の父親でいたかった。それだけだ」
その言葉の裏にある不器用な愛情を感じて、私は思わずふわっと笑ってしまった。
「……おとうさんって、かっこいいけどへんなの。でも……そういうところ、好きだよ」
「…………。飯にするぞ」
またお父さんは顔を赤くして(たぶん)言葉に詰まった。
背後では、一緒に来たパーティーメンバーたちが口をあんぐりと開けて固まっている。
「ヴィーナ……あんた、こんな家の子だったの?」
レナさんが戦々恐々と呟き、ナツキは「えーーー! 知らなかったーーー!」と絶叫している。クロエは「だから髪飾りが……なるほど」と納得し、エリカは小刻みに震えながら「すごいところに来てしまった……」と呟いている。
「みんな来て! 一緒に食べよう! セバスさんのご飯、美味しいんだって!」
私が呼びかけると、お父さんは「……相変わらずだ」と溜息をついたけれど、その口元は少しだけ緩んでいた。




