第13話「四大魔将の影」
第13話「四大魔将の影」
ヴィーナが帰還し、ヴァルトニア邸に束の間の賑やかさが戻ったのも束の間、執務室の空気は再び凍り付いていた。
窓の外では、春の柔らかな陽光が庭園を照らしているが、この部屋に持ち込まれた報告は暗雲そのものだった。
「……主、緊急の報告でございます」
ゼフィールが、いつになく険しい表情で影から姿を現した。傍らにはセバスとアルトミュラーも控えており、三柱が揃うその光景が事態の重さを物語っている。
「……言え」
「ガルム=ネクロスの儀式が……始まりました。場所は特定できておりませんが、大陸北部のどこか。不浄な魔力の渦が観測されています」
ガルム。死霊術を操り、死を冒涜する四大魔将の一人。
「この儀式が完成すれば、封印されている魔王の力が倍加し、大陸全土の結界に亀裂が入る恐れがあります」
俺は指先でデスクを叩く。魔王の復活を望む奴らの動きが、想定よりも早まっている。だが、不穏な影はそれだけではなかった。
「……もう一つ。シャーラの動きも活発化しております。彼女の配下が、エルディナの聖泉領を頻繁に嗅ぎ回っているとの情報が」
「……セリスのことか」
俺が名を口にすると、ゼフィールは重く頷いた。
「おそらく。聖泉の巫女見習い……セリス=アルフェリア様が持つ強力な聖魔法と、未来を予見する『夢見の力』。女神の加護を強く受けた彼女の魂は、幻惑と精神支配を司るシャーラにとっても最大の脅威となり得ます。……あるいは、最高の供物か」
セリス。かつてのセラの魂を継ぎながら、今を懸命に生きている少女。彼女を再び、魔族の暗躍に巻き込ませるわけにはいかない。
「それだけではございません」
セバスが静かに、しかし警告を含んだ声で続けた。
「先日のフォルネリアでの件により、ヴィーナお嬢様の名前が大陸に広まってしまいました。『ヴァルトニアの養女』が冒険者として活動しているという情報は、既に魔族側の耳にも届いていると考えた方が賢明でしょう」
アルトミュラーが拳を強く握り、鎧が微かに鳴った。
「奴らにとって、お嬢様は主を揺さぶるための絶好の鍵となります。レイクス様……」
「……分かっている」
俺は立ち上がり、窓の外を見据えた。
十五年前、俺は何も守れなかった。愛した女をこの手で埋葬し、虚無の中で生きてきた。だが、今は違う。
「アルトミュラー、騎士団の警戒レベルを最大に上げろ。特に聖泉領周辺と、ヴィーナが活動する範囲には隠密の精鋭を配置しろ」
「はっ、かしこまりました!」
「……守る。セリスも、ヴィーナも、この場所も……全員だ。それは、させない」
俺の右手の『雷光の指輪』が、主の決意に呼応して青白い火花を散らした。
執務室を出ると、廊下でちょうどエリカたちと談笑していたヴィーナと出くわした。
俺は足を止め、ヴィーナの目を真っ直ぐに見つめる。
「ヴィーナ。……当面の間、単独での行動は控えろ。必要以上の依頼も受けるな」
「えっ、急にどうしたの? おとうさん、怖い顔して」
「……危険が近い。俺の耳に入らない場所へは行くな。いいな」
俺の尋常ではない雰囲気を察したのか、ヴィーナは少しだけ肩をすくめたが、すぐにいつもの真剣な瞳で頷いた。
「わかった。……でも、おとうさんも気をつけてよ! おとうさんってば、自分だけは大丈夫だと思って無茶するんだから」
「……俺は大丈夫だ」
「だめ! 約束して! 絶対に無理しないって!」
ヴィーナが俺の服の袖をぎゅっと掴む。その無邪気で、けれど強い温もり。
長い沈黙の後、俺は彼女の頭に軽く手を置いた。
「……わかった。約束しよう」
その言葉を聞いて、ヴィーナは満開の花のような笑顔を見せた。
だが、俺の胸中には、嵐の前の静けさのような、鋭い緊張感が消えずに残っていた。




