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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章「再会の約束」

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第9話「セラの話」

第9話「セラの話」


 聖泉領の奥、木々に囲まれた小さな墓碑の前に、セリスは立っていた。俺がこの十五年間、誰にも触れさせず、ただ一人で守り続けてきた聖域だ。

「ここに……誰かが眠っているんですか」

 セリスが、壊れ物に触れるような静かな声で尋ねる。

「……ああ」

「大切な人、ですか」

「……ああ」

 俺の短すぎる答えに、彼女はそれ以上踏み込むことをせず、ただ静かに膝をついた。胸の香草袋を握り、目を閉じる。その祈りの姿は、あまりにも完成されていて、見ていて胸が締め付けられた。

 祈りを終えた彼女が立ち上がり、俺をまっすぐに見つめた。

「レイクスさん。……話してもらえますか。彼女のこと」

 俺は重い口を開いた。

「……セラ=ミルティア。二百年近く前、戦乱の中で出会った。……お前と同じ、聖泉の巫女だった」

 言葉にすると、記憶は鮮やかな色彩を持って蘇る。

「……髪の色も、瞳の色も、お前とは違う。だが、お前を見ていると、時折……重なって見える瞬間がある」

 二人でこの地を歩いたこと。四季が巡るのを共に眺めたこと。

 そして、十五年前――彼女の魂が俺の中から旅立ち、最期に「香草袋」と「ある願い」を託したこと。

 俺は感情を排し、淡々と事実だけを語った。

「……お前は、セラではない。顔も違う。名も違う。……しかし、お前が作った香草袋の香りが、俺が守ってきたものと同じだ。お前が夢で探していた声が、俺の声と同じだ。祈りの仕草さえ……。俺には、何が起きているのかわからない」

 セリスはしばらくの間、風の音を聞くように黙っていた。やがて、彼女は悲しげな色を一切見せず、力強い光を宿した瞳で俺を見た。


 レイクスさんが語る「セラ」という女性。その話を聞いている間、私の中の「空白」が、温かな、けれどどこか切ない涙で満たされていくのを感じた。

「……レイクスさん。私にも、本当のことはわかりません。なぜ同じ香りを調合したのか、なぜ夢を見ていたのか」

 私は一歩、彼に近づいた。彼が見ているのは、私なのか。それとも、私の向こう側にいる彼女なのか。その迷いを取り払いたかった。

「でも……一つだけ、はっきり言えることがあります。私はセラじゃありません。私は、セリス=アルフェリアです。……でも、セラが願ったものを、私が果たしたいと思っています」

 レイクスさんの瞳が、微かに揺れた。

「彼女の記憶から湧いた想いじゃありません。これは、私があなたと数日間過ごして感じた、私自身の気持ちです。……あなたに、もう孤独でいてほしくない。……そう、思っています」

 レイクスさんは、驚いたように目を見開いた。

 そのまま長い沈黙が訪れる。彼は自分の懐にある古い香草袋と、私の胸にある新しい香草袋を交互に見て、やがて視線を落とした。

「……そうか」


 二人で並んで、夕闇に沈みゆく墓碑を眺める。

 彼女はセラではない。その宣言は、俺の執着を否定するものではなく、今ここにいる一人の少女として向き合ってほしいという、彼女なりの誠実さだった。

「……来てくれてありがとうな、セリス」

 不意に零れた言葉。セリスは弾かれたように俺を振り返り、驚きに目を見開いた。

「……今、名前を……」

「……言ったか?」

「言いました! 初めて、名前を呼んでくれました!」

 彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、俺の記憶にある「セラ」の微笑みとは違う、もっと生命力に溢れた「セリス」だけのものだった。

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