第7話「夢で探していた人」
第7話「夢で探していた人」
巡礼村の広場に、凍りついたような沈黙が流れる。
少女――セリスの口から溢れた「夢で、ずっと探していた」という言葉。それは、俺がこの十五年間、心のどこかで最も期待し、同時に最も恐れていた言葉だった。
「……俺を、知っているのか」
絞り出すような俺の問いに、セリスは少し困ったように眉を下げ、けれどまっすぐに俺の瞳を見つめ返した。
「直接は……知らないんです。今日、初めてお会いしたはずですから。でも、夢の中で、何度も」
彼女は自分の胸に手を当て、鼓動を確かめるように言葉を続ける。
「声が……ずっと同じ声で。不器用で、どこか悲しそうなあなたの声と、同じ気がして。だから、声を聞いた瞬間に、胸がぎゅっとなったんです。ああ、この人だって」
(……セラも、そう言った)
百七十年前、初めて出会った時。そして十五年前、俺の中から旅立つ直前にも。
しかし、目の前にいるのは「こころのセラ」ではない。彼女は人間であり、名はセリス。外見も、纏う雰囲気の瑞々しさも、俺の記憶にある彼女とは別の輝きを放っている。
(この子はセラではない。しかし……お前の欠片が、そこにいるのか?)
村の喧騒から少し離れた、私の簡素な部屋。
窓から差し込む夕陽が、机の上に置かれた古い教本をオレンジ色に染めている。
私は、向かい合って座る彼――レイクスさんに、ずっと胸に秘めてきたことを打ち明けることにした。
「夢の話を……してもいいですか」
彼は無言で頷いた。その瞳は、私の言葉を一言も漏らすまいとするような、切実な熱を帯びている。
「夢の中に、雷の光を使う人が出てくるんです。空を割るような黒い雷。その人はいつも一人で戦っていて……。でも、焚火の前で向かい合って座る時は、とても温かいんです。私が……『じゃあ私が守るわ』って、その人に約束する夢」
私は一呼吸置いて、自分の内側にある不思議な感覚を言葉にした。
「なんだか、私じゃない誰かの記憶が、私の中に残っているような気がして。……変ですよね。自分でも、何を言っているのか分からないんですけど」
私は首に下げていた香草袋を外し、彼の手の届く場所へ置いた。
「この香草袋……なぜか、この配合にしなきゃいけないって強く思って作ったんです。理由は自分でもわからないんですけど……どうしても、こうしなきゃいけない気がして」
レイクスさんが、吸い寄せられるようにその香草袋を見つめたまま、動かなくなった。
「……見せてくれ」
震える手で、セリスの香草袋を取り上げる。
同時に、俺は自らの懐から、二百五十年間守り通してきた「セラの形見」を取り出した。
二つの袋を並べる。
色褪せた古い布と、新しく作られた布。
だが、そこから立ち上る香りは――。
「……同じだ。完全に、同じ配合だ」
調合の僅かな狂いさえもない。かつてセラが笑いながら俺に渡した、あの唯一無二の香り。
「……どうして、お前がこれを作れる」
俺の掠れた声に、セリスは不安そうに、けれど何かを求めるような瞳で俺を見つめた。
「……やっぱり、あなたは知っているんですね。この香りが、本当は誰のものなのか。……私の夢に出てくる人が、誰なのか」
長い、長い沈黙が部屋を支配する。
真実を告げるべきか。だが、今ここで「お前はセラの生まれ変わりだ」と突きつけることは、彼女という一人の少女の存在を塗り潰してしまう気がした。
「……知っている。しかし……今はまだ、話すべきではない気がする」
俺の言葉は、酷く不器用な拒絶に聞こえたかもしれない。
セリスは少しだけ寂しそうに目を伏せたけれど、すぐに顔を上げ、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……そうですか。急にこんな話をされても、困りますよね。ごめんなさい」
彼女のその微笑みは、セラのものとは違う、セリス自身の初々しい優しさだった。
部屋を出て、夜の帳が下り始めた村の空を見上げる。
冷たい空気の中に、微かにセリスが放った香草の香りが残っていた。
「……お前か、セラ」
天に向かって問いかける。返ってくるのは、風の音だけだ。
彼女はセラではない。セリス=アルフェリアという、今を生きる別の人間だ。
しかし、お前の想いの欠片が、確かにあの子の中で息づいている。
「……どうすればいい。俺は、あの子をどう見ればいいんだ」
二百五十年生きて、初めて直面する難問。
俺は懐の二つの香草袋を握りしめ、静かに夜の街道へと歩き出した。




