第4話「繰り返す夢」
第4話「繰り返す夢」
朝の光が、巡礼村の柔らかな霧を透かして、私の部屋に届く。
まぶたの裏に残る残像を追いかけようとしたけれど、それは指先をすり抜ける砂のように、あっという間に消えてしまった。
「今日も……あの夢を見た」
独り言が、冷たく澄んだ空気の中に溶けていく。
夢の記憶はいつも断片的で、詩を並べ替えたような不規則さで私を揺さぶる。
闇を裂く、鋭い――『雷の光』。
頬を赤く染める、穏やかな――『焚火の温かさ』。
そして、鼻腔をくすぐる、どこか懐かしい――『香草の香り』。
誰かが、そこにいた。
私の胸元で揺れる、自作の香草袋と同じ香りを纏った誰か。
夢の中で響いた声は、低くて、ひどく寂しそうで。
『……守れたことは、ない』
その言葉を聞いた瞬間、私の胸は張り裂けそうなほど痛くなる。そして、私の口が勝手に動く。
『じゃあ、私が守るわ。……あなたが守りきれなかったものまで、全部』
……私は、誰?
そして、あなたは、誰?
私は胸に下げた小さな香草袋を、そっと握りしめた。
これは私が自分で配合し、一針ずつ縫い上げたもの。なのに、不思議。なぜこの香りを選んだのか、なぜこの配合でなければならないと思ったのか、自分でも全く思い出せない。
「セリス、いつまでぼーっとしてるの? もうお勤めの時間だよ!」
同じ巫女見習いのミレニアに声をかけられ、私は慌てて巡礼衣を整えた。
私の日常は、聖泉の水を清め、祈りを捧げ、村の人たちが負った小さな擦り傷を聖魔法で癒すこと。
この巡礼村の生活は穏やかで、満ち足りている。けれど、私の心の一部にはいつも、埋めることのできない「空白」があった。
「また、あの夢を見たの?」
聖泉の周りを掃除していると、ミレニアが横から覗き込んできた。
「うん……いつもと同じ。誰かの声が、ずっと何かを探しているような……そんな夢」
「ふふん、それって絶対、運命の恋じゃない? 前世で結ばれなかった恋人と、夢で再会してるんだよ、きっと!」
ミレニアの軽口に、私は少しだけ考えてから、首を振った。
「……ううん、恋、とは少し違う気がする。もっと……古くて、もっと強いもの。……義務、に近いのかも」
それは、私の意志であるようで、私ではない「誰か」の意志であるようにも感じられる。
私は知っている。私は、私。セリス=アルフェリアという一人の人間だ。
でも、私の中にいる「彼女」は、何かを私に託したがっている。
午後。聖泉の前に跪き、私は静かに祈りを捧げた。
水面に映る自分の瞳を見る。蒼の中に、翠の光が混じる私の瞳。この瞳が「光の瞳」と呼ばれていることも、私の聖魔法が他の子より少しだけ強力なことも、きっと何か理由がある。
祈りの最中、頭の中に不思議な響きが降りてきた。
それは言葉というよりは、温かな波動。
(――行きなさい。出会いなさい。あなたがずっと、夢で探していた人がいる)
ハッとして目を開けると、聖泉の水面がキラキラと、今まで以上に強く輝いていた。
「……夢が、現実に近づいてきた気がする」
お勤めが終わり、夕暮れ時の村の外れを歩いていると、ふと身体の芯が揺れた。
心臓の奥が、ぎゅっと掴まれるような。
磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、私の魂が「北」を向く。
それは、王都エルディナの方向。
見えない糸に、強く、強く引っ張られるような感覚。
私は、エルディナの空を見上げた。
あそこに、誰かがいる。
私が守らなければならない、大切な「誰か」が。
「……待っていて。今、行くから」
自分でも驚くほど迷いのない声でそう呟くと、私は村の入口へと駆け出した。
これから始まる物語の、本当の始まりを予感しながら。




