第3話「大陸の現状
第3話「大陸の現状」
ヴァルトニア邸の最上階にある執務室。黒鉄のデスクに置かれた「雷光の指輪」が、夜の静寂の中で微かに青白く明滅していた。
窓の外には、十五年前よりもさらに輝きを増した王都リュミナの灯りが広がっている。だが、その光の裏側で蠢く「影」の気配を、俺の半魔族としての本能が敏感に感じ取っていた。
背後の闇が揺れ、仮面を纏った男が音もなく姿を現す。
「KR250年現在の大陸情勢をご報告いたします」
影の頭領、ゼフィール=ナイトレイスだ。 その無機質な声と共に、執務室の空気が張り詰めた。
「四大魔将の動向はどうなっている」
「ガルム=ネクロスの儀式準備が……最終段階に入りつつあります。各地で死霊の気配が濃くなっている。また、ヴェイル=アスタロトは星の運行……いえ、何かを観測しています。大きな動きの前兆かと」
ゼフィールは淡々と、しかし確実に、大陸に迫る危機の輪郭をなぞっていく。
「さらに、シャーラ=ルシフェインが各国の要人の中に潜伏しています。彼女が操る傀儡が、水面下で情勢を不安定にさせている模様」
「……全員が動いている、というわけか」
俺は深く椅子に背を預けた。二百五十年前の戦いから続く因縁。奴らは執念深く、この平和な時代に再び「終末」を招こうとしている。
さらに、部屋の隅に控えていたセバスが、重苦しい表情で一歩前に出た。
「レイクス様、深刻なのは魔将だけではありません。エゴブリンが大陸規模で増加しております」
「南部だけでなく……北部、東部でも確認されました。何者かが意図的に増やしている可能性が高い」
「……ガルムか、あるいはシャーラか。どちらにせよ、自然発生の域を超えているな」
かつての戦乱よりも組織化された脅威。レイクスは、かつて大陸の癒し手たちが集まった「解放戦線」の記憶を思い返していた。
「他国、特にレクシア神聖国はどう出ている」
「セレニア=グランデルが、審問局長として強い権力を持っています。しかし最近、彼女の側からエルディナとの関係改善を模索している動きもあります」
「……セレニアか。まだ生きていたか」
百九十年前、対立しつつも共に戦ったあの女の顔が浮かぶ。彼女もまた、この時代の変化を察知しているのだろう。
沈黙を破ったのは、重厚な甲冑の音を響かせたアルトミュラー=ヴァルハイトだった。
「騎士団は現在五百二十名。戦死者は今なおゼロを維持しております。主の命を賜れば、即座に魔将の首を挙げに参りましょう」
「……ご苦労だった、アルトミュラー。お前の『竜壁』に守られた騎士たちの剣、頼りにさせてもらう」
アルトミュラーは深く頭を下げた。 その寡黙な忠義は、かつて俺がセラの声を失った際、折れそうになった俺の心を支えてくれたものの一つだ。
報告が終わろうとした時、ゼフィールが最後の一枚の書状を俺に差し出した。
「……一つ、気になる情報があります」
「何だ」
「エルディナの聖泉領に……特異な素質を持つ巫女見習いがいると報告が入っております」
俺の心臓が、不意に一つ大きく跳ねた。
「どんな素質だ」
「高い聖魔法の適正に加え……夢見の力。女神への繋がりが非常に強いと」
夢見。そして女神。
俺は、十五年前に旅立った「彼女」が遺した最期の言葉を思い出す。
『声で気づいて。……香草の香りで気づいて』。
「……名は」
俺の声が、自分でも驚くほど低く震えた。
「……セリス=アルフェリア、と」
セリス。
かつて愛した「セラ」と、どこか重なる響きを持つ名。
俺は懐の香草袋を強く握りしめ、夜明け前の闇を見つめた。




