第1話「15年ぶりの帰還」
第1話「15年ぶりの帰還」
KR250年、春。
エルディナ聖王国の王都リュミナへと続く街道は、柔らかな陽光と、芽吹いたばかりの若草の香りに包まれていた。
俺は一人、馬を駆ることもなく、ただ淡々と自らの足で土を踏みしめていた。
かつて戦火に焼かれ、泥と血に塗れていたこの街道は、今や見事に整備され、石畳の間からは整えられた花々が顔を覗かせている。行き交う馬車の御者は陽気に歌を口ずさみ、すれ違う村人たちの顔には、明日を疑わない平穏な微笑みが浮かんでいた。
「……平和だ。KR65年と比べれば、な」
独り言が、春の風に溶けて消える。
十五年前まで、俺の頭の中には常に「彼女」の声があった。小言を言い、笑い、時に泣き、俺という歪な存在を繋ぎ止めていた、あの透明な声。
「……静かだ」
十五年という月日が流れた。フォルネリアの小屋で彼女を見送ってから、俺はヴィーナを育て上げ、一人の冒険者として送り出した。その間、一度として俺の内側に彼女の声が戻ってくることはなかった。
「十五年経っても……まだ慣れないな。……しかし、慣れなくていいのかもしれない」
この耳の奥に残る寂寥感は、俺が俺であるための「重石」だ。これがある限り、俺はあの約束を忘れることはない。
街道の先、丘を越えた向こう側に、白銀に輝く王都リュミナの尖塔が見え始めた。
二百五十年という時を生き、半魔族の血によって十五歳の少年の姿のまま留まり続ける俺にとって、ここは数少ない「戻るべき場所」だ。
そこには、俺が無理やり縛り付けたわけでもなく、自らの意思で、この果てしない旅路を共に歩むと決めてくれた三人の男たちが待っている。
「……セバスが、また勝手に老け込んでいないか、確認しにいかなければならないからな」
実際には、彼らが簡単に老いることはない。彼ら自身の卓越した魔力と、何より「主の傍らに立ち続ける」という強固な意志が、時間の軛を撥ね退けているのだ。それでも、そう自分に言い訳をしなければ、十五年ぶりに顔を合わせる気恥ずかしさを拭えない。
俺は懐に手を入れ、一つの香草袋を指先でなぞった。
布地は擦り切れ、刺繍も綻びかけている。だが、そこからは今もなお、かすかに清涼な香りが漂っていた。
「……待っている、と言った。今から会いに行く。どこで生まれ直したかは……まだ知らないがな」
フォルネリアの夜明け前。彼女が旅立つ直前に交わした約束。
俺は探しに行く。彼女が愛したこのエルディナの地で、彼女の魂が再び輝き始めるのを。
門衛たちの快活な挨拶を背に受けながら、俺は王都の門を潜った。
「……ただいま、と言える場所があるというのは。……ふん。悪くない」
十五年ぶりの、帰還。
俺の新しい旅路は、ここからまた動き始める。




