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レイクス戦記  作者: ゆう
第4章「忘却の聖女」

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第14話「残り少ない時間」

第14話「残り少ない時間」


 KR235年、秋。フォルネリアの野山は、燃えるような朱と黄金に染まっていた。

 空は高く、どこまでも透き通っているが、その透明度はどこか鋭利で、刻一刻と迫る冬の足音を予感させた。

 俺の胸の内に宿る「彼女」の声は、秋の深まりと共に、少しずつその輪郭を失いつつあった。

 「聞こえにくい」のではない。

 声そのものは明瞭なのに、それが発せられる場所が、俺の魂の底からどんどん遠ざかっているのだ。まるで、霧の深い湖の向こう岸から語りかけられているような、得も言われぬ乖離かいり感が、俺の焦燥を静かに煽っていた。

「おとうさん! おはなしして! きょうは、あの『おひげのおじいちゃん』の続き!」

 ヴィーナが俺の膝に飛び込んできた。彼女の言う「おじいちゃん」とは、かつての俺の戦友、セバスのことだ。

「……セバスの話か。あいつは、俺が何をしても怒らない男だったが、一度だけ、俺が勝手に戦場を離脱した時にだけは、一晩中無言で俺の横に立っていたことがあった」

「へえー! こわい?」

「……怒鳴られるよりは怖かったな」

 俺が朴訥ぼくとつと語る過去の断片を、ヴィーナは宝物でも受け取るかのように、熱心に聞き入っている。

「おとうさん、あそぼ! あっちの枯れ葉の山で、かくれんぼ!」

「……俺は隠れるのは得意だが、お前が見つけるのは難しいぞ」

「いいよ! ヴィーナ、ぜったい見つけるもん!」

 不器用に彼女の遊びに付き合い、庭先で追いかけっこをする。かつての俺を知る者が今の姿を見れば、魔法の類で精神を入れ替えられたと疑うだろう。だが、これが今の俺の現実であり、守るべき全てだった。

「おとうさん、だいすき!」

 不意に、抱きついてきたヴィーナが顔を上げてそう言った。

 俺は、言葉に詰まった。喉の奥が熱くなり、どう応じていいのか分からず、ただ彼女の小さな頭に大きな掌を置くことしかできなかった。

 ヴィーナが遊び疲れて、庭先でうとうとし始めた頃。

 俺は彼女をベンチに寝かせ、秋風を浴びながら内に語りかけた。

(ねえ……レイクス。この秋、私、とっても好きだな)

 セラの声が届く。やはり、遠い。

「……ああ。フォルネリアの秋は、穏やかだ」

(フォルネリアの秋って、こんなにきれいだったのね)

「……KR50年の秋も、ここを歩いた。リースバルトと一緒に。あの時は、まだ解放戦線の初期で、俺たちはこの美しい景色を眺める余裕などなかった」

(そうだったわね。……あの頃のあなた、今と全然違うわ)

「……そうか。俺自身は、あまり変わった自覚はないが」

(ううん。今の方がずっと、ずっといいわ。……今のあなたは、ちゃんと誰かの温もりを、自分のものとして感じている気がするから)

 俺は沈黙した。

 彼女が去ろうとしている今、その言葉はあまりに慈愛に満ちていて、俺の胸を締め付けた。

「……セラ。最後に、お前が望むことがあれば言え。俺にできることなら、何でもする」

 俺の問いに、セラは少しだけ間を置いた。

(……ヴィーナと三人で、ご飯が食べたいな)

「……それだけか? どこかへ行きたいとか、何かを見たいとかではないのか」

(ええ。それで十分よ。あなたと、ヴィーナと、私。姿は見えなくても、同じ食卓を囲んで、同じ時間を過ごしたいの。それが私の、最後のわがまま)

 俺は、再び長い沈黙を置いた。

 かつて、俺たちは「同じ食卓」という当たり前の権利を、理不尽な運命によって奪われた。百七十年前のエルディナで、俺たちはそれを叶えることができなかった。

「……作る。お前と、あいつのために」

(ふふ。ちゃんとおいしく作ってね、パパ)

「……努力する。セバスの料理を思い出してみる」

(ふふっ。楽しみにしてるわね)

 セラの笑い声が、風に乗って透き通るように消えていった。

 

 俺は、膝の上で眠るヴィーナの寝顔を見つめながら、これから作るべき「最後の晩餐」の献立を、何度も、何度も頭の中で繰り返していた。

 それは、失われた百七十年間を埋めるための、そして、来るべき別れを受け入れるための、ささやかな儀式になるはずだった。

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