表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイクス戦記  作者: ゆう
第4章「忘却の聖女」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/124

第11話「セバスへの手紙」

第11話「セバスへの手紙」


 KR234年も終わりを迎えようとしていた。

 フォルネリアの冬は穏やかだが、夜の帳が下りれば芯まで冷える沈黙が部屋を満たす。小屋の片隅、揺れる灯火の下で、俺は羊皮紙を広げていた。

 手にするのは使い慣れた剣ではなく、一本の羽根ペンだ。

(誰に書いているの? レイクス)

 胸の奥で、セラの光がゆらりと揺れた。

「……セバスだ。俺は戻らないと決めたが、知らせておくべきことがある」

 ヴァルトニアの家宰であり、俺の影として生きてきた男。彼ならば、俺が連絡を絶っても「主のことですから」と平然と日々の業務をこなしているだろう。だが、こればかりは、彼といえども予測し得ない事態のはずだ。

 俺は思考を整理し、簡潔にペンを走らせた。

『俺は戻らない。しかし、知らせておくべきことがある。

 俺は、ヴィーナという名の娘を持った。

 女神と同じ名だ。偶然ではないと思っている。

 いずれ、この子はエルディナへ行くことになるだろう。

 その時は……頼む。 ――レイクス』

 それだけを書き記し、ペンを置いた。

(……伝えたのね。あの子のことを)

「……知っておくべきだろう。俺の身に何かあった時、あいつが唯一の『窓口』になる」

(セバス、驚くわね。きっとあの無表情な顔が少しだけ崩れるわよ?)

「……ふん。あいつはいつも、何が起きても驚かない顔をしている。驚いたふりをして、その実、次の手を進めているような男だ」

(ふふ。そうね。でも、きっと喜んでくれるわ)

 ふいに、奥の寝床から衣擦れの音と、か細い声が聞こえてきた。

「……おとうさん……。むし……きらきら……」

 ヴィーナの寝言だ。

 俺とセラは、自然と視線をそちらに向けた。月明かりに照らされた幼い寝顔は、安らかそのものだった。

(ふふ。虫の夢でも見ているのかしら。昼間の続きね)

「……あいつはどこへ行っても虫を見つけてくる。まったく、誰に似たんだか」

(それって……案外、あなたに似たんじゃない?)

「……ふざけるな。俺がいつ、虫を追って野山を駆け回った」

(形は違っても、自分が『いい』と思ったものを真っ直ぐ追いかけるところ。……そういうところ、そっくりよ)

 俺は反論しようとして、言葉を飲み込んだ。

 自分では気づかない何かが、この少女の中に染み渡っているのだとしたら。

「……好きにしろ」

 わずかだが、俺の口元が緩むのを、夜の闇もセラも逃さなかった。

(ねえ、レイクス。この子が大きくなったら、どんな子になると思う?)

 セラの問いは、祈りに似た響きを持っていた。

「……強い子になるだろう」

(なんで? 私たちの加護があるから?)

「違う。あの大虐殺を生き残った。絶望の中でも命の灯を消さなかった。……それだけで、あいつの魂は十分に強い」

(……そうね。でも、私は優しい子にもなると思うわ)

「……根拠がない」

(あるわよ。だって……あなたの娘だもの)

 俺は長い沈黙を置いた。

 俺のような、血塗られた道を歩んできた男の性質を継いで、なぜ「優しい」と言い切れるのか。だが、セラの確信に満ちた声は、俺の否定を許さなかった。

「……うるさい。さっさと寝ろ、セラ」

(ふふ。おやすみなさい、パパ)

 書き終えた手紙を折り畳み、俺は窓の外の銀世界を眺めた。

 この手紙をセバスに届けるには、また別の「窓口」を通す必要がある。彼がこれを受け取る頃、俺はまだこの小さな小屋で、ヴィーナの寝顔を見守っているだろう。

「セバス……。お前が受け取る頃、俺はまだここにいる。いつか戻る日は来る。しかし……今はまだ、ここにいたい」

 二百三十二年間、居場所を求め続けた半魔族の男が、初めて見つけた「帰りたくない場所」。

 この冬が明ければ、運命はまた大きく動き出す。

 それでも今は、この静かな雪の夜を、手紙と共に閉じ込めておきたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ