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レイクス戦記  作者: ゆう
第4章「忘却の聖女」

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第2話「消えた村々」

第2話「消えた村々」


 南へ下るほどに、街道の空気は重く沈んでいった。

 のどかな田園風景は、手入れを放棄された荒野へと姿を変え、風に乗って運ばれてくるのは土の匂いではなく、えた腐敗の残り香だった。

 KR232年の冬から、233年の春にかけて。

 俺は大陸南部の各地に点在する「かつて村だった場所」を巡っていた。

 石造りの井戸が破壊され、収穫されるはずだった穀物が踏み荒らされた廃村。

 そこには人の営みの代わりに、エゴゴブリン特有のどろりとした魔力の残滓がこびりついている。

「……ここもか」

 俺は村の入り口に立ち、短く呟いた。

 瓦礫を掻き分け、崩れた家屋の奥まで視線を送る。死体はすでに鳥についばまれるか、あるいは魔物によって連れ去られた後だったが、俺は執拗に、物陰や床下を確かめて歩いた。

「生き残りは……いないな」

 目的のない旅のはずだった。だが、いつの間にか廃村を見つけるたびに「生存者」を探すことが習慣になっていた。守るべきものを失う痛みを、二百年以上かけて骨の髄まで叩き込まれてきた男にとって、それはすでに呪いに近い本能と言えた。

(全部の村を確認するの、レイクス?)

 胸の奥で、セラの光が微かに揺れた。

「……できる限り、な。不条理に命が消えるのは、見ていて気分のいいものじゃない」

(ふふ……そういうところ、本当に変わらないわね。二百年前から、ずっと)

「……そうか。俺は、これでも随分と擦り切れたつもりだが」

 十五歳の少年の姿をした自分の手を見つめる。かつてリースバルトたちと共に戦場を駆けていた頃よりも、内面の摩耗は激しいはずだ。だが、セラは慈しむような溜息と共に、こう返した。

(ううん。ずっと変わらない。……そのままでいてほしいくらい、ずっと)

 その声の最後が、微かに震えたような気がした。慈しみというよりは、何かを惜しみ、祈るような響き。

 俺が問い返す前に、彼女は話題を逸らすように言葉を繋いだ。

(それにしても、このエゴゴブリンたちの多さは異常よ。四大魔将の誰かが……ガルムやヴェイルが裏で動かしているのかしら?)

「……あるいは、別の何かだ。魔将が関与しているなら、もっと組織的で大規模な侵攻になる。だが奴らは、何かを『欲して』暴走しているように見える。何らかの力が、奴らの『エゴ』を肥大化させ、この南部に呼び寄せている……そんな感覚だ」

 俺は村の中心部に残された、新しめの焚き火の跡に指を触れた。

 炭の熱はまだ、完全には消えていない。

「……近いな」

 今までの廃村は、襲撃から数週間が経過していた。だが、この場所は違う。

 壁に残された爪痕。散乱した日用品の配置。

 

「数日前まで、ここでは誰かが息をしていた跡がある。それも、かなりの大人数ではない。……逃げている者がいる」

 生き残りがいるかもしれない。

 その予感だけで、淀んでいた俺の足取りが確かな目的を持って動き始めた。

 不意に、風が南西の森の方角から「匂い」を運んできた。

 雨が近い湿り気。そして――木々を焼く、白く、しかし生々しい煙の匂いだ。

「セラ。行くぞ」

(ええ。……気を付けて、レイクス)

 俺はストームリングを一度だけ弄り、煙の立ち昇る森へと足を踏み入れた。

 森の深淵で、数多の歪な自我エゴが、一人の幼い命を追い詰めようとしているとも知らずに。

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