第17話「六代リストール、継承の時」
第17話「六代リストール、継承の時」
黒い雷雨暦(KR)227年。
かつてリースバルト=マルターレスが立ち上がり、レイクスと共に戦場を駆けたあの日から、百二十七年余の歳月が流れた。
アルカディア領を治めるマルターレス家の本邸では、一族の命運を繋ぐ儀式が執り行われようとしていた。六代目当主、リストール=マルターレスの就任式である。
会場の隅、貴族たちの喧騒から離れた影に、レイクスは一人で立っていた。十五歳の少年の姿は、百年前と何一つ変わっていない。周囲の列席者たちは、彼を「ヴァルトニア家の若き使者」あるいは「不老の伝説の一端」として畏敬の眼差しで見ていたが、レイクス自身の心境は、もっと乾いた、しかし温かなものだった。
(……またか)
内心で、小さく溜息をつく。
二代、三代、そして四代アドリアン、五代ルートリッヒ。それぞれの若き日が、そして彼らが老い、星の巡りに還っていった光景が、レイクスの脳裏を掠めていく。だが、この既視感こそが平和の証明でもあった。一族の志が断絶せず、次の世代へとバトンが渡される。その光景を、レイクスは百二十七年間、一度も欠かさず見届けてきた。
(リストール……しっかりしてるわね。二十歳とは思えない落ち着きだわ)
脳裏に響くセラの声。その言葉通り、祭壇の前に立つリストールは、若さに似合わぬ沈着な雰囲気を纏っていた。
(ああ。リースバルトに……少し似ている)
(目が?)
(……ああ。真っ直ぐに明日を見据える、あの光の宿り方がな)
儀式が終わり、列席者たちが退場し始めた頃、リストールは自らレイクスの方へと歩み寄ってきた。その腰には、百二十七年前、レイクスとリースバルトが死線を潜り抜けた迷宮の奥底で手に入れ、共に歩む誓いの証として受け継がれてきた名剣「スターレット」が帯びられている。
「……あなたがレイクス=ヴァルトニア様ですか」
リストールが問いかける。その声は低く、よく通った。
「ああ」
「先祖代々、語り継がれてきました。一族が窮地にある時も、栄華にある時も、常に闇から見守り続けてくれる『先生』がいると。……初めてお目にかかります。感謝いたします」
リストールは深く、迷いのない所作で頭を下げた。名門の当主が、少年の姿をしたレイクスに捧げるには、あまりに重い敬意だった。
「礼はいらない。俺が勝手にしていることだ。リースとの約束がある」
「それでも……ありがとうございます。あなたがいてくれるから、私たちは迷わずに済む」
リストールは顔を上げると、ふと、少年のように少しだけ表情を和らげた。
「先生。……一つ、聞いてよろしいでしょうか」
「何だ」
「マルターレス家は……これからも続けられますか。先代たちの積み上げてきたこの誇りを、私は汚さずに繋いでいけるでしょうか」
その問いに、レイクスはリストールの腰の剣、スターレットを見た。あの日、暗い迷宮のなかで光を放ち、一人の男の覚悟を照らし出した銀の刃。それは今もなお、研ぎ澄まされた輝きを失っていない。
「……お前が続ける限り、続く。それだけだ」
レイクスは短く答えた。
「血が続くことが継承ではない。意志が続くことが継承だ。お前がその剣の重さを忘れない限り、マルターレスの灯が消えることはない」
「……お前が続ける限り、か。単純で、しかし最も難しい言葉ですね」
リストールはスターレットの柄を強く握りしめた。その瞬間、レイクスには彼の背後にリースバルトの幻影が重なって見えたような気がした。
変わるものばかりのこの世界で、変わらないものが確かにここにある。
レイクスはその実感を、静かに胸の奥に仕舞い込んだ。
「……そろそろ行く。エルディナが待っている」
レイクスが背を向けた時、リストールの声が追いかけてきた。
「先生! また……また来てください。あなたが来てくれることが、当主としての私にとって、何よりの励みになります」
レイクスは立ち止まり、振り返ることなく一言だけ返した。
「……来る」
その約束を残し、レイクスはアルカディアの地を後にした。
(ねえ、レイクス。いいものね、家族が繋がっていくのって。私たちにはできないことだけど……)
(……そうだな。俺たちは見届けるのが役目だ。あいつらが繋いでいく明日を、壊させないようにな)
KR227年。
百二十七年間にわたるマルターレス家の継承の物語は、また新しい一頁を刻み始めた。
しかし、レイクスに浸っている時間はなかった。
北の空に、リルの残滓とは異なる、さらに巨大で、冷徹な「策」の気配が漂い始めていたからだ。




