第13話「3柱の誓い」
第13話「3柱の誓い」
KR215年。ヴァルトニア家にとって、この年は歴史の転換点として刻まれることとなる。
エルディナ聖王国の静謐な夜、ヴァルトニア邸の応接室には、かつてないほどの濃密な「気」が満ちていた。
正面に座る主君レイクスの前に、三人の怪物が顔を揃えていた。
長年、邸の管理と礼節を一身に背負い、執事として君臨してきたセバス=グレイウィンド。
邸の死角、あるいは世界の裏側から情報を手繰り寄せ、影として守護を担うゼフィール。
そして新たに、大陸最強の騎士団五百名を束ねる「竜壁」アルトミュラー=ヴァルハイト。
この三者が揃った瞬間、ヴァルトニア家の守護は、概念としての完成を見た。
「……あの試験は、本気だったか」
アルトミュラーが、隣に立つセバスへ向けて地響きのような声を放った。その深紅の瞳には、いまだ拭いきれぬ戦慄と、武人としての最大級の敬意が宿っている。
「もちろんでございます、アルトミュラー殿。我が家の門を潜る方に、妥協など許されませんので」
セバスは、非の打ち所のない所作で茶を注ぎながら、柔和な微笑みを崩さない。アルトミュラーは長い沈黙の後、吐き出すように呟いた。
「……俺より強いな、貴様は」
「滅相もございません。私はただ、給仕と掃除が得意なだけの執事ですよ」
その謙遜とも取れる言葉を聞き、部屋の隅の影が微かに揺れた。
「……ふ。あの竜騎士に、そう言わせるとは。執事長、貴方の底意地の悪さは相変わらずですね」
姿を見せぬまま、ゼフィールの皮肉げな声が響く。アルトミュラーはその影に視線を向けようとしたが、捉えきれない。
「……そして、そこの影もだ。俺の感覚から完全に姿を消せる者が、この邸にはもう一人いる。……不老の主だけでなく、仕える者までが化け物揃いか」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。……『三柱』、でしたか。悪くない呼び名です」
ゼフィールの気配が、邸の外周へと静かに溶けていく。三人はそれぞれの領分を理解し、互いの実力を認め合っていた。
レイクスは、その光景を赤い瞳で静かに眺めていた。
かつて、たった一人で血に塗れた道を歩んでいた少年の背中を、今はこれほどまでに頼もしい「柱」たちが支えている。
「……お前たちに、俺から特別に頼むことはない」
レイクスの老成した声が、部屋の空気を引き締める。
「ただ……この家を守ってくれ。エルディナを守ってくれ。俺がいない間も、この地が平和の灯火であり続けるために。……それだけでいい」
三人は、誰一人として即答はしなかった。だが、その沈黙は雄弁だった。セバスは深く頭を下げ、アルトミュラーは自らの胸に拳を当て、ゼフィールは影の揺らぎをもってその誓いを示した。
(いい家になったね、レイクス)
脳裏に、セラの温かな声が響く。
「……ああ」
(セラの故郷が、こんなに大切に守られてる。……嬉しいな)
「……そのためだ。お前の愛した景色を、誰にも汚させはしない」
数日後、レイクスが領内の視察から帰還した時のことだ。
邸の正面玄関には、一分の隙もない正装のセバスと、黒鋼の鎧を軋ませて直立するアルトミュラーが並び立っていた。そして、館の屋根の上、庭の茂み、死角という死角には、ゼフィールが率いる黒影一族の気配が完璧な封鎖陣を敷いている。
馬車を降りたレイクスは、その重厚すぎる出迎えに、思わず眉を寄せた。
「……うるさい出迎えだ。少しは静かに戻らせろ」
「主のお帰りです。当然の儀礼でございます、旦那様」
セバスは誇らしげに微笑み、扉を開いた。アルトミュラーがその巨躯を折り、主君への道を作る。
KR215年。ヴァルトニア家という名の要塞は、ここに極まった。
だが、その完璧な守護が、皮肉にも運命の嵐を呼び寄せることとなる。北の凍土で、リルが薄笑いを浮かべていた。




