第12話「セバスの試験、竜に挑む」
第12話「セバスの試験、竜に挑む」
KR215年。
ヴァルトニア騎士団が「一騎当千」として完成されたその年に、一人の怪物がその門を叩いた。エルディナ聖王国、ヴァルトニア訓練場。そこには、これまで数多の猛者たちを門前払いにしてきた「鉄の選別」が待ち構えていた。
試験官として立ちふさがるのは、老執事セバス=グレイウィンド。対峙するのは、黒鋼の竜鱗鎧を纏った巨漢、アルトミュラー。訓練場を囲む空気は、二人の発するプレッシャーによって、物理的な重さを伴って歪んでいた。
合図もなく、アルトミュラーの巨剣が空を裂いた。重戦車の突進にも似た一撃。しかし、セバスは愛用の杖剣を鞘のまま掲げ、最小限の動きでその衝撃を逃がす。
「……ほう」
アルトミュラーの深紅の瞳に驚きが宿る。彼は二百三十年の生涯、自らの剛剣を正面から受け流された経験が数えるほどしかなかった。巨剣が巻き起こす竜炎の旋風に対し、セバスは柳のようにしなやかに、時に鋭い刺突でアルトミュラーの懐を脅かす。
激突する火花。傍目には互角に見えた。だが、実際に剣を交えているアルトミュラーは、背筋に冷たいものを感じていた。自分の攻撃はすべて読まれている。それどころか、セバスは「互角の勝負」を演じるために、意図的に手加減を調整しているのではないか。
「……なぜ、お前ほどの男が執事をしている。その腕があれば、一国の王にすらなれるものを」
「……主のそばにいるためです。それ以上の栄誉がこの世にあるとは思いませんので」
微笑みを絶やさず、セバスはアルトミュラーの巨剣を杖先で弾き飛ばした。勝負あり。これまで訪れた中で最強の受験者に対し、セバスは最後までその底を見せなかった。
「第一試験、通過です」
静まり返った室内に場所を移し、セバスはティーカップを置いて、静かに問いかけた。
「アルトミュラーさん。あなたは、なぜここに来たのですか」
それは、入団志願者全員に向けられる最も単純で、最も重い問い。アルトミュラーは、自らの分厚い掌を見つめ、低く答えた。
「……本物の主を探している。二百三十年生きて、戦場を渡り歩き、多くの王や英雄を見てきた。だが、どいつもこいつも器が浅く、俺を使いこなすことはできなかった。……俺がこの命を捧げても良いと思える、真の主に、まだ出会えていない」
その瞳には、永い放浪を経てなお枯れることのない、渇望に似た誇りがあった。セバスは、その深紅の目を長く見つめ返し、やがて満足げに頷いた。
「……わかりました。あなたの探している答えが、ここにあることを祈りましょう」
続いて行われた秘密保持の試験においても、アルトミュラーは微塵も揺らがなかった。ヴァルトニア家の暗部、そしてレイクスという存在の特異性。ドラグーン族としての高い精神性を持つ彼にとって、主の秘密を守ることは、己の魂を守ることと同義だった。誘惑も、工作も、彼の「壁」のような沈黙を崩すことはできなかった。
最終確認の日、訓練場の奥。夕闇の中で、レイクスがアルトミュラーの顔を無言で見据えていた。不老の少年と、巨躯の竜騎士。長い、長い沈黙が流れる。レイクスは、アルトミュラーの中に眠る「竜の誇り」と、それ以上に強い「孤独」を読み取っていた。
「よし」
短く、それだけを告げる。
「……それだけか」
「それだけだ」
アルトミュラーは戸惑ったように眉を動かしたが、レイクスの赤い瞳に宿る、時を越えた重圧に気づき、深く吐息を漏らした。
「……わかった。この命、預けよう」
(三柱目……ついに来たわね、レイクス。セバス、ゼフィール、そしてアルトミュラー)
胸の奥で、セラの明るい声が響く。
「……ああ」
(ヴァルトニア家が、また強くなった。もう、誰もあなたたちを止めることはできないわ)
翌朝。訓練場に整列した五百名のヴァルトニア騎士団の前に、一人の怪物が現れた。黒鋼の竜鱗鎧、背負われた巨剣、そして山のような巨躯。アルトミュラーがその場に立つだけで、空気の密度が変わる。五百名の精鋭たちが、一斉に息を呑んだ。
セバスという「剛」、ゼフィールという「柔」。そこに、絶対的な守護の象徴たる「竜壁」アルトミュラーが加わった。ヴァルトニア三柱体制、確立。それは、来るべき宿命の決戦に備えるための、最強の布陣であった。




