第11話「アルトミュラーとの邂逅」
第11話「アルトミュラーとの邂逅」
KR215年。
大陸全土に「一騎当千」の武名を轟かせるヴァルトニア騎士団。その揺るぎない平穏のなかに、突如として巨石を投じるような衝撃が走った。
エルディナ聖王国の国境付近。魔族の残党が集結し、近隣の村々を脅かしているとの報告を受け、レイクスは自ら戦況の確認へと赴いていた。しかし、彼が現場に到着したとき、そこにあったのは激しい戦闘の「跡」だけだった。
数十体におよぶ魔族の死骸。それらはすべて、一撃のもとに断ち切られるか、あるいは凄まじい熱量によって焼き潰されていた。
「……聞いたことのある戦い方だ」
レイクスは、地面に刻まれた巨大な剣痕を指でなぞる。
ただの力任せではない。そこには竜の血を引く者のみが扱える、独特の重圧と炎の残滓が混じり合っていた。
(ドラグーン族の竜炎剣技……。絶滅したと言われていたけれど、まだ生き残りがいたのね)
脳裏に響くセラの声に、レイクスは無言で頷く。
その時、森の奥から地響きのような足音が近づいてきた。
現れたのは、巨躯という言葉さえ生温いほどの体格を持つ男だった。
漆黒の髪を無造作に伸ばし、深紅の瞳を宿した壮年の面構え。全身を包むのは、鈍い光を放つ黒鋼の竜鱗鎧だ。背には、常人には持ち上げることすら叶わないであろう、身の丈ほどもある巨剣を背負っている。
男はレイクスの前に立つと、山が聳え立つような圧倒的な威圧感を放った。
「……お前が、黒雷の伯爵か」
野太い、しかし落ち着いた声が空気を震わせる。
「……そう呼ぶ者もいる。お前は?」
「アルトミュラー=ヴァルハイト。……放浪の果てに『竜壁』と呼ばれることもある、しがない傭兵だ」
アルトミュラーと名乗った男は、背の巨剣をゆっくりと引き抜いた。その動作一つで、周囲の木々が怯えるようにざわめく。
「……試させてもらう」
挨拶もそこそこに、巨剣が振り下ろされる。
レイクスは雷光の指輪を起動させ、最小限の動きでそれを回避した。直後、レイクスの立っていた地面が爆発したかのように弾け飛ぶ。
「……強いな」
レイクスの内心に、純粋な驚嘆が走った。
この大陸を二百年歩き続けてきたが、これほどの膂力と、研ぎ澄まされた戦気を同時に放つ者には滅多に出会えるものではない。
二人の手合わせは数刻続いた。
レイクスが雷速の踏み込みで死角を突けば、アルトミュラーは巨剣を盾のように操り、一歩も退かずにそれを受け止める。まさに「壁」だ。
互いに致命傷を避けた、力を測り合うための舞。
やがて、アルトミュラーは剣を収め、深く息を吐いた。
「……なるほど。伝聞以上の重みだ」
その背後から、いつの間にか控えていたセバスと、影から姿を現したゼフィールが歩み寄る。
「……戦闘力は申し分ありません。しかし……。これほどの『個』の持ち主を組織に組み入れるのは、少々骨が折れそうですな」
セバスが眼鏡を直しながら、呆れたように告げる。
「……同感です。この男の戦気は隠すことができない。影の仕事には向きません」
ゼフィールもまた、その「強すぎる存在感」を懸念していた。
しかし、アルトミュラーは二人の評を意に介さず、レイクスの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「俺を……使え」
「理由は?」
「二百年、大陸を歩き、多くの主を見てきた。だが、どいつもこいつも器が小さすぎた。……お前が、俺の生涯を託すに値する主に値するか、俺自身の目で確かめたい」
レイクスは長い沈黙に入った。
アルトミュラーの瞳には、打算も嘘もない。あるのは、己の誇りをどこに捧げるべきかという、武人としての渇望だけだ。
「……好きにしろ。だが、俺の家の門を潜るなら、相応の手順が必要だ」
レイクスは、背後に控える老執事を指差した。
「セバスの試験を受けろ。……話はそれからだ」
(あの人……面白いわね。まるで古びた伝説が歩いてきたみたい。レイクス、本当に使うつもり?)
胸の奥で、セラが楽しげに弾む。
「……うるさい。使えるものは使うだけだ」
レイクスは背を向け、エルディナへの帰路につく。
アルトミュラーは、一度だけ短く頷くと、セバスが待つ試験会場へと歩き出した。その一歩一歩が地面を鳴らし、ヴァルトニア騎士団に新たな「壁」が加わろうとしていることを予感させた。
─ KR215年。
─ ヴァルトニアの守護を完遂させるための、最後の「三柱目」が、その門を叩いた。




