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レイクス戦記  作者: ゆう
第3章「継ぐ者たち」

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第7話「一騎当千、大陸を轟かす」

第7話「一騎当千、大陸を轟かす」


 KR200年。

 黒い雷雨暦が二世紀の節目を迎えた頃、大陸の軍事均衡はある一つの「家」の存在によって、奇妙な安定を保っていた。

 エルディナ聖王国、ヴァルトニア伯爵領。

 かつては荒れ果てた辺境に過ぎなかったその地は、今や大陸全土から畏怖と敬意の入り混じった視線を集めている。その理由は、街道を往く黒銀の甲冑――ヴァルトニア騎士団に他ならない。

「ヴァルトニアの黒銀とは、戦場で目を合わせるな」

 それは、各国の将軍たちが酒の席でこぼす共通の忠告となっていた。「五百名の騎士で、五千の正規軍に匹敵する」という評価は、もはや誇張ではない。一人が百人を相手にする「一騎当千」の武名は、圧倒的な個の強さと、それを繋ぎ合わせる精密な連携によって、不動の事実へと昇華されていた。

 夕闇の迫るヴァルトニア邸、執務室。

 セバス=グレイウィンドが、主であるレイクスの前に立ち、一通の羊皮紙を差し出した。

「旦那様。……五百名、揃いました。すべての隊員が、我が家の『鉄の選別』を終え、実戦配備についております」

 レイクスは窓の外を眺めたまま、短く応じた。

「……そうか」

「外の世界では、彼らを『一騎当千』と呼び始めております。一人が軍一隊を退ける、不落の盾であると」

「……俺には関係のない呼び名だ。俺が戦う時に必要なのは、俺自身の力だけだ」

 突き放すような物言い。だが、セバスは引かなかった。

「いいえ。間違ってはおりません。彼らは旦那様の背中を守り、旦那様が望まれる『戦死者ゼロ』という理想を、自らの命を懸けて体現する者たちです。……これは、ヴァルトニアの誇りです」

 そこへ、影の中から実体化したゼフィールが言葉を添える。

「……黒影一族も百名。大陸全土の情報の糸は、今この瞬間に完全に我が手中にあります。旦那様。今、この家は創設以来、最も充実した体制にあります」

 セバスの育てた「剛」の盾と、ゼフィールが束ねる「柔」の網。

 二柱体制による組織の完成。

 レイクスは無言のまま、指に嵌めた雷光の指輪ストームリングを撫でた。

(一騎当千か……。よかったわね、レイクス)

 胸の奥で、セラの弾むような声が響く。

「……何がだ」

(だって……昔のあなたは、いつも「誰も守れない」って、傷だらけの手を握りしめていたじゃない。でも今は違う。これだけの人を守れるようになって、これだけの人に守られるようになった)

「……黙っていろ。ただの道具だ」

(ふふ。素直じゃないんだから)

 その夜、レイクスは一人で静まり返った訓練場を眺めていた。

 月明かりに照らされた土の上には、昼間の激しい訓練の跡が残っている。

「……KR65年に始まった。ここまで百三十五年、か」

 脳裏をよぎるのは、初期の数少ない団員たちの顔。そして、彼らが老いて土に還る際、その手を握って看取ってきた記憶。

 この組織を作り上げたのは、自分の圧倒的な力ではない。百三十五年もの間、一瞬たりとも手を抜かず、団員一人ひとりの食事から所作、精神の在り方までを教育し続けてきたセバスの執念だ。

 翌朝。

 執務室にモーニングティーを運んできたセバスに、レイクスは背を向けたまま告げた。

「……セバス」

「はい。いかがなされましたか、旦那様」

「……よく、やった。この五百名は……お前の仕事だ」

 ティーカップを置く、僅かな陶器の音が響いた。

 セバスは数秒の間、何も言わなかった。いつも完璧な所作を見せる老執事が、その一瞬だけ、呼吸を忘れたかのように立ち尽くしていた。

「……ありがとうございます」

 セバスの声が、僅かに、本当に僅かに滲んでいるのを、レイクスは聞き逃さなかった。

「……過ぎたお言葉、この身の栄誉にございます」

 セバスは深く、誰よりも深く頭を下げた。

 主からのたった一言。それが、この不変の時間を共に歩んできた者にとって、何よりも重い報いであることをレイクスは知っていた。

 ─ KR200年。ヴァルトニアの武名は頂点に達した。

 ─ しかし、極まった力は、同時に大きな動乱を呼び寄せる磁石となる。

 ─ KR215年。伝説はさらなる深化を遂げる。黒鋼の竜を纏う「三柱目」が、門を叩こうとしていた。

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