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レイクス戦記  作者: ゆう
第3章「継ぐ者たち」

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第6話「五代ルートリッヒ、鉄壁の伯爵」

第6話「五代ルートリッヒ、鉄壁の伯爵」


 KR177年。

 英雄リースバルトが世を去ってから、約八十年の月日が流れた。マルターレス家は四代アドリアンの知略によって国家間の地位を不動のものとし、今やその家督は五代ルートリッヒへと引き継がれていた。

 大陸北西部の国境地帯。魔族の残党や蛮族の略奪が絶えないその地に、「光誓の短剣と風花の髪飾り」を刻んだ旗が翻っていた。

 指揮を執るのは「鉄壁の伯爵」と称されるルートリッヒ・マルターレス。彼は先代アドリアンのように弁舌が立つわけではない。だが、彼が戦場に現れると、味方の兵士たちはまるで難攻不落の要塞のなかにいるような安心感を得た。

「攻める必要はない。盾を並べろ。敵が疲弊するのを待て」

 ルートリッヒの号令は常に簡潔だった。彼は無謀な突撃を極端に嫌い、徹底した防衛戦術を敷く。敵がどれほどの猛攻を仕掛けようとも、マルターレスの防衛線は一歩も退かない。そして、敵が隙を見せた瞬間にのみ、最小限の力で致命的な反撃を加えるのだ。

「攻めることはせず、守ることにおいては無敵。……マルターレスに『鉄壁』あり、か」

 戦場を見下ろす丘の上で、レイクスは独り言ちた。その隣には、主君を影のように守るセバスが控えている。

「五代当主ルートリッヒ殿。彼の戦術は、かつてのリースバルト殿の『守る剣』を、より集団戦に昇華させたものと言えますね。……実に堅実です」

 戦いが終わり、陣幕へと戻ったルートリッヒの前に、音もなく少年が現れた。ルートリッヒは驚くふうもなく、甲冑を脱ぎながら口を開く。

「……先生」

「また来た」

 レイクスは椅子に深く腰掛け、赤い瞳で五代目の顔を見据えた。ルートリッヒは今や四十を過ぎた壮年である。その顔には、数多の戦場を潜り抜けてきた厳格さと、実直な人柄が滲み出る深い皺が刻まれていた。

「……貴方は本当に、時の流れから置き去りにされているようだ。私の幼少期も、父アドリアンの代も……それこそ、曾祖父が語ったお伽噺のなかでさえ。貴方は、常にその姿のまま、我らを見つめておられる」

 畏怖を込めた、しかし幼き日に剣を教わった師への親愛が滲む言葉。

「お前たちが勝手に変わっていくだけだ。……時間は、人間には等しく残酷だな」

「残酷、かもしれません。ですが、積み上げたものもございます」

 ルートリッヒは、机の上に置かれた名剣スターレットを見つめた。かつて祖先が振るった銀の剣。それは今、ルートリッヒの手によって、多くの命を繋ぎ止める「盾」としての役割を担っている。

「『鉄壁』などと呼ばれていますが、俺がやっているのは臆病な真似に過ぎません。……マルターレスの家訓は、義により在ること。義とは、仲間を死なせないことだと俺は信じています。一人でも多くの兵を、無事に家族の元へ帰す。それが、俺の守るべき義です」

 その言葉を聞いた瞬間、レイクスの脳裏に、かつて同じような理想を語った騎士たちの顔が過った。

(ルートリッヒって……本当に頑固ね。一度決めた守りは絶対に崩さない。その意思の強さは、岩みたいだわ)

 胸の奥で、セラのクスクスと笑う声がする。

「……ああ。不器用なところまで、リースに似ている」

(でも、嫌いじゃないでしょ? こうして見届けに来るくらいだもの)

「……黙っていろ」

 レイクスは心の中でセラを制し、ルートリッヒに向けて立ち上がった。

「その『臆病』を、一生貫き通せ。……お前の守りは、この大陸にとって必要なものだ」

 KR200年への足音が聞こえ始めていた。ヴァルトニア騎士団の「一騎当千」という評判は、エルディナを越えて大陸全土に広まり、マルターレス家の「鉄壁」と並んで、平和を維持するための二大巨頭として数えられるようになる。

 しかし、時間が進むほどに、レイクスは微かな違和感を抱いていた。平和が長く続くほど、その影で育つ「闇」はより深く、より狡猾に根を張る。北の凍土では、北翼将リルが静かにその翼を休め、再起の時を待っている。魔将シャーラの策略は、各国の首脳陣を迷路の奥底へと誘い込んでいる。

「……セバス。平和とは、これほどまでにも脆いものだったか」

「脆いからこそ、我らが磨き上げた『盾』が必要なのです、旦那様」

 レイクスはエルディナの夜空を見上げた。不老の旅路は、KR200年という大きな節目を迎えようとしていた。それは、新たな「三柱」の確立と、避けては通れない宿命の決戦への序曲でもあった。

 ─ 時代は流れる。

 ─ 五代ルートリッヒが遺した「守る」という遺産は、次代へと確実に引き継がれていく。

 ─ そして、運命のKR215年が近づいていた。

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