第5話「小さな雷、門を叩く」
第5話「小さな雷、門を叩く」
KR160年。
エルディナ聖王国の季節は巡り、ヴァルトニア伯爵領には新たな選別の季節が訪れていた。
かつて数名から始まった騎士団は、今や数百の規模に膨れ上がり、その「一騎当千」の武名は大陸の隅々にまで轟いている。しかし、入団の門が針の穴ほどに狭いことは、数十年前から何一つ変わっていなかった。
訓練場の門前に、一人の青年が立っていた。
背負った剣は使い古され、身なりも決して上等とは言えない。だが、その引き締まった体躯と、何より一点を射抜くような鋭い瞳は、並の志願者とは一線を画していた。
受付に座るハーフエルフの紳士――セバスが、手元の名簿から顔を上げた。
「お名前を」
「……試験を受けに来ました。ルイン、です」
その名を聞いた瞬間、セバスのペンが僅かに止まった。セバスは眼鏡の奥の瞳を細め、青年の顔を、そしてその「目」をじっと見つめる。十年前、泥だらけの顔で柵にしがみついていた少年の面影が、今の青年の精悍な顔立ちと重なった。
「……よく来ました、ルインさん。お待ちしておりましたよ」
セバスは静かに微笑み、彼を「鉄の試験」へと誘った。
試験の内容は、かつて数多の猛者たちを絶望させてきた三段階の選別である。
第一試験、戦闘力。
ルインの剣筋は、正規の騎士教育を受けた者たちに比べれば、驚くほど荒削りだった。しかし、その一撃一撃には迷いがない。相手の出方を伺うのではなく、雷光のごとき踏み込みで最短距離を突き抜ける。
「……芯が通っていますね」
模擬戦の相手を務めた先輩騎士を退けたルインを見て、セバスは小さく頷いた。
第二試験、忠誠。
セバスの問いは、十年前と同じだった。
「ルイン。あなたはなぜ、ここに来たのですか」
「……変わっていません。この家の騎士は、誰も死なずに帰ってくる。俺も、誰一人置いていかない、死なせない強さを手に入れたい。……それだけです」
澱みない答え。その瞳に宿る輝きは、十年前のあの日と寸分違わず、むしろ熱量を増して燃えていた。
第三試験、秘密保持。
与えられた機密情報を抱え、誘惑と監視の一週間を耐え抜いたルインは、再びセバスの前に現れた。その口から情報が漏れることは、ただの一度もなかった。
最終確認の日。
夕闇の迫る訓練場に、ヴァルトニア伯爵――レイクスが姿を現した。十五歳前後の少年の姿でありながら、その場にいる誰よりも重厚な威圧感を放つ主君の前に、合格候補者たちが並ぶ。
レイクスの赤い瞳が、端に立つルインを捉えた。
その瞬間、レイクスの歩みが僅かに止まる。
「……」
古い大陸語で「小さな雷」を意味する名を持つ青年。
レイクスは無言のままルインの前に立ち、その瞳を覗き込んだ。己が持つ「黒雷」の力。その忌むべき、しかし強大な力の名を冠する者が、今、自らの盾になろうとしている。
(あの子……本当に来たわね、レイクス。十年前の約束、一瞬たりとも忘れてなかったみたい)
胸の奥で、セラの弾むような声が響く。
「……ああ」
(「小さな雷」が、十年かけて本物の光になった。どうする? 追い返す?)
「……。……よし」
レイクスは短く、そう告げた。
それは、ルインという青年の十年に及ぶ研鑽と、不変の意志を承認する言葉だった。
(……そうだな。こいつは、まだ光り続ける)
レイクスが背を向けて去ろうとした時、ルインは深く、深く頭を下げた。拳を握りしめ、溢れ出しそうな感情を押し殺すように。
その夜、ルインにはヴァルトニア騎士団の象徴である「黒銀の甲冑」が手渡された。
ずっしりとした重み。それは、仲間を死なせないという誓いの重みそのものだった。
「ルインさん。改めて、ようこそヴァルトニア家へ」
セバスがランプの灯りの中で告げる。
「明日からは、もう追いかける子供ではありません。あなたが、誰かの道標となる番です」
「はい……! 執事長!」
ルインは力強く答えた。
エルディナの空に、一筋の雷光が走った。それは「小さな雷」が、この地にしっかりと根を張り、伝説の一部となった瞬間でもあった。
─ KR165年。新たな騎士が加わり、ヴァルトニア騎士団はさらにその結束を強めていく。
─ しかし、平和な時代を裂くように、北翼将リルの牙が、再びアルカディアへと向けられようとしていた。




