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レイクス戦記  作者: ゆう
第3章「継ぐ者たち」

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第4話「四代アドリアンの外交」

第4話「四代アドリアンの外交」


 KR127年。世界は静かなる変革のなかにあった。

 かつて魔王の軍勢が蹂躙した大地は、人々の営みによって再建され、国家という枠組みが再び強固なものとなりつつあった。しかし、平和の到来は同時に、領土や権益を巡る陰湿な政治抗争の火種をもたらしていた。

 大陸北西部の交易都市リュミエル。各国の使節が集まる円卓の会議場に、一人の青年が立っていた。

 マルターレス家四代目候補、アドリアン。二十歳前後となった彼は、父リースや曾祖父リースバルトのような筋骨隆々とした体躯ではないが、その知的な瞳と凛とした立ち振る舞いは、海千山千の外交官たちを圧倒していた。

「諸侯の皆様、今一度ご再考を。ここで関税を巡り剣を抜けば、喜ぶのは我らの背後で蠢く飢えた魔族の残党のみです」

 アドリアンの通る声が会議場に響く。対立する二国の使節が、苦々しげに、しかし反論の余地を見出せずに黙り込んだ。

「『剣を抜く前に言葉を尽くせ』。……これが我がマルターレスの教えです。義とは、ただ命を散らすことではなく、守るべき日常を維持し続ける知恵のことだと、私は考えます」

 かつてリースバルトが戦場で示した「誠実さ」を、アドリアンは交渉という名の戦場で発揮していた。相手の矛盾を突きつつも、逃げ道を用意し、最終的には双方が利益を得る形へと誘導する。その卓越した柔軟な戦略眼。

 会議場の傍聴席から、フードを深く被った少年がその様子をじっと見つめていた。

(アドリアン、本当に賢い子ね。リースとはまた違った輝きがあるわ)

 胸の奥で、セラの柔らかな声が響く。

「……ああ。リースバルトは剣で守った。アドリアンは言葉で世界を繋ごうとしている。……どちらも、間違いではない」

 レイクスは呟き、人混みに紛れてその場を去ろうとした。だが、鋭い観察眼を持つ青年は、退室の間際に不変の少年の姿を捉えていた。

 会議場のバルコニー。涼やかな風が吹き抜けるなか、アドリアンは背後から声をかけた。

「先生……いいえ、レイクス様。見ておられたのですね」

 レイクスは足を止め、振り返らずに答える。

「……通りがかりだ。エルディナに帰る途中に、暇潰しに寄っただけだ」

「ふふ、相変わらずですね。曾祖父や父から聞いていた通りの『おじちゃん』で安心しました」

 アドリアンは苦笑しながら、レイクスの隣に並んで手すりに手を置いた。

「どうでしたか。私の、言葉の剣は」

「……悪くない。だが、言葉が通用しない相手もいる。その時、最後に頼れるのはやはり鋼だ。それだけは忘れるな」

「肝に銘じておきます」

 アドリアンは深く頷いた。その若き外交家の頭脳は、今まさに大陸全土に張り巡らされた「不自然な不和」の正体を探っていた。

 その夜。リュミエルの宿の影に、ゼフィールが音もなく姿を現した。

「……旦那様。報告がございます。各国で起きていた不審な内乱未遂や交易妨害……その背後に、四大魔将が一人、シャーラの影が見え隠れしています」

「シャーラ……。幻惑と策略を好む魔将か」

「はい。彼女の狙いは人間の連帯を内側から崩すことにあるようです。……奇妙なことに、先ほどのアドリアン殿の調停は、シャーラが周到に用意していた対立の芽を、無意識のうちに摘み取っていました」

 レイクスは夜空を見上げた。アドリアンの「誠実な交渉」が、魔族の「狡猾な工作」を凌駕したのだ。

 

(アドリアンは、気づかぬうちに大陸の盾になっているのね。素敵だわ、レイクス)

「……。だが、魔将が動き出したということは、言葉だけで済む段階は、そう長くは続かない」

 レイクスは指に嵌めた雷光の指輪ストームリングを軽く撫でた。

 

 アドリアンが守ろうとしている平穏。その裏で、シャーラの糸はより深く、より広範に、大陸の政治機構そのものを蝕み始めていた。各国の重臣のなかに、すでに彼女の傀儡が紛れ込んでいる可能性すらある。

「ゼフィール。引き続き影を走らせろ。マルターレスが言葉で繋ぐなら……俺たちは影で、その糸を守る」

「御意に」

 時代は、単なる「武」の衝突から、より複雑な「知」と「魔」が絡み合う暗闘へと移行していた。

 ─ KR127年。四代アドリアンの名は大陸各国に響き渡る。

 ─ しかし、それを見つめる魔将シャーラの瞳には、愉悦の色が浮かんでいた。

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