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レイクス戦記  作者: ゆう
第3章「継ぐ者たち」

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第1話「孤独な歩み」

第1話「孤独な歩み」


 黒い雷雨暦(KR)100年。

 アルカディアの地で一人の英雄を見送り、不老の少年は再び自らの拠点へと戻ってきた。

 エルディナ聖王国の外縁に位置するヴァルトニア伯爵邸。その重厚な鉄格子の門が開くと、馬車の車輪が砂利を噛む音が、静まり返った敷地内に響き渡る。馬車の扉が開くより先に、そこには二人の影が待機していた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 一分の隙もない動作で頭を下げたのは、執事長のセバス=グレイウィンドだ。ハーフエルフである彼の容貌もまた、数十年の時を経てもなお、熟成されたワインのように緩やかな変化に留まっている。その隣、影の中に溶けるように立つのはダークエルフのゼフィール。

 

 KR65年のヴァルトニア家創設以来、この「二柱」が家政と影の差配を一手に引き受けてきた。主であるレイクスを支える揺るぎない両翼。それが今のヴァルトニアの形である。

「……ただいま」

 レイクスは短く、しかし確かな声で応えた。

 かつての彼は「帰還」を単なる移動の結果としてしか捉えていなかった。だが、リースバルトの最期を経て、この邸は彼にとって「戻るべき家」へと変わりつつあった。

「……アルカディアの様子は」

「……リースバルトは逝った。最後を見届けた」

 ゼフィールの問いに、レイクスは歩みを止めずに答える。

「……そうか。あの男も、ようやく安息を得たわけだな」

 ゼフィールが低く呟く。かつて共に戦場を駆けた戦友の死。その重みは、主を支える二人にも静かに浸透していった。

 レイクスは邸に入ると、着替えもそこそこに裏庭へと向かった。そこには、聖泉のほとりに佇む一つの墓標がある。レイクスの人生において、最も深い傷跡であり、最も温かな光の源。

 セラの墓だ。

 レイクスは墓前に膝をつくこともなく、ただ静かにその前に立った。風がセラの髪を揺らすように、周囲に植えられた季節の花々を撫でていく。

(レイクス。……リース、ちゃんとお別れ言えた?)

 胸の奥で、鈴を転がすような透明な声が響く。

「……ああ」

(そっか。……よかった。あの子、最後は笑ってた?)

「笑ってはいなかったが……満足そうではあった」

(そう……。本当に、いい人生だったのね)

 レイクスは視線を遠くの空へと向けた。

 100年。

 半魔族として生まれ、この世界に足を踏み出してから、それだけの時が過ぎた。人間であれば一生を終える時間だ。だが、自分の手足を見ても、鏡に映る顔を見ても、15歳の頃から何一つ変わっていない。

 

 リースバルトは老い、家族を愛し、そして土に還った。自分だけが取り残された、停滞した時間の中にいるような感覚。周りの景色が、人々が、激流のように流れていく中で、自分だけが川底の石のように変わらずに沈んでいる。

「100年生きた。……だが、時間の重さは変わらないな」

(孤独……? 悲しい?)

「……いいや。奴が残したものが、まだここにある」

 レイクスは自らの掌を見つめる。そこには、リースバルトから託された孫たちへの想いや、守り抜くと誓ったエルディナの未来が、見えない重みとなって乗っている。失ったのではない。受け取ったのだ。

 

 これからの100年。あるいはそれ以上の時。このエルディナを守り、マルターレスの血筋を見守り、そしていつか、セラとの約束の地へ辿り着くために。

「……また、歩くか」

(ええ。私もずっと一緒よ。あなたの隣で、光っているから)

 レイクスは微かに目を細めた。かつての「守れなかった」という悔恨による歩みではない。今は「守り続ける」という意志による一歩だ。

 ふと背後から、セバスの静かな足音が近づいてきた。

「旦那様、夕食の準備が整っております。本日は、アルカディアから届いたばかりの林檎を使ったデザートも用意させました」

 セバスの声は、数十年前と何ら変わらぬ温度でレイクスを包む。

 激動の歴史の中で、この邸の中にだけ流れる「変わらない日常」。それが今のレイクスには、何よりも救いだった。

「……わかった。すぐに行く」

 レイクスはセラの墓に一度だけ背中で語りかけ、セバスの待つ邸へと歩き出した。

 

 黒い雷雨暦100年。不老の伯爵の、二度目の100年が静かに幕を開けた。

 それは、失うための時間ではなく、次代へ繋ぐための戦いの始まりでもあった。

 ─ 時代は巡る。

 ─ セバスとゼフィール、二柱の支えを得て、ヴァルトニアの紋章は伝説へと昇華されていく。

 ─ しかし、今はまだ、静かな夕餉の時間が主を待っていた。

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