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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章幕間 

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第4話「黒銀を追いかける子供」

第4話「黒銀を追いかける子供」


 エルディナ聖王国の王都リュミナ近郊。街道沿いに建つ孤児院の古ぼけた塀の上に、一人の少年が跨っていた。

 名前はルイン。泥だらけの顔に、膝の破れたぼろぼろの服。だが、その瞳だけは、遠くから聞こえてくる規則正しい鉄の音を捉えて、真剣に輝いていた。

「……来た」

 ルインが小さく呟くと、街道の先から黒銀の甲冑を纏った一団が姿を現した。ヴァルトニア騎士団の帰還行進だ。

 夕陽を反射して鈍く光るその姿は、孤児院の他の子供たちにとっては「死を運ぶ軍隊」のように見えて怖いのか、皆一様に建物の中へ隠れてしまう。だが、ルインだけは目を離せなかった。

 行進する騎士たちの中には、腕に白い包帯を巻いた者や、甲冑に深い傷跡を刻んだ者が何人もいる。激しい戦いがあったことを物語っていた。

「……七十九、八十……八十一」

 ルインは塀の上で指を折りながら、通り過ぎる騎士たちを一人ずつ数えていく。

 以前、彼らが出撃していくのを数えた時と同じ数。

「……やっぱり、全員いる」

 その呟きが聞こえたのか、一人の騎士がふと顔を上げ、塀の上の少年と目が合った。

「坊主、そんなところにいると落ちるぞ」

 気さくな、しかし芯の通った声。ルインは気圧されそうになりながらも、むきになって言い返した。

「落ちない! ちゃんと見てるんだ!」

 騎士は不敵に笑い、「そうか」と短く応えて通り過ぎていった。ルインはその背中が見えなくなるまで、ずっと見送り続けた。

 翌日から、ルインの「日課」が始まった。

 孤児院を抜け出し、少し離れたヴァルトニア伯爵領の訓練場を柵の外から眺めることだ。

「ルイン、またあんなところに行くのか? 怖いよ、あそこには魔物みたいな種族もたくさんいるんだぞ」

 友達の言葉も、今のルインには届かなかった。

 訓練場では、信じられない光景が広がっていた。

 人間とエルフが剣を合わせ、ドワーフが獣人に盾の構えを教えている。大陸のどこへ行っても相容れないはずの種族たちが、同じ黒銀の印を胸に刻み、汗を流している。

「すごい……。本当にみんな一緒にいる」

 ルインが食い入るように柵にしがみついていると、中から一人の騎士が歩み寄ってきた。先日、街道で声をかけてきたあの騎士だった。

「また来たのか。毎日毎日、何が見たいんだ?」

「……強さが、見たい」

「強さ? なんのために」

 ルインは少し言葉を詰まらせたが、拳を握りしめて答えた。

「……なりたいから。俺も、あんたたちみたいになりたいんだ」

 騎士は少年の泥だらけの顔と、その奥にある消えない火のような瞳をじっと見つめた。

「……。見るだけだぞ。中に入れ」

 そう言って、騎士は重い柵の門を少しだけ開けた。

 訓練場の隅で息を潜めて見学していたルインに、一人の男が近づいてきた。

 寸分の乱れもない燕尾服。穏やかな笑みを浮かべたハーフエルフ。執事長のセバスだった。

「……珍しい顔ですね。どこの子ですか」

「孤児院の……ルインです」

 ルインは緊張で身体を強張らせたが、セバスは優しくその目線に合わせて腰を落とした。

「ルイン。……『小さな雷』という意味の名ですね」

「えっ、知ってるんですか?」

「古い大陸語です。今は使う人も少ないですが……いい名前だ」

 セバスの碧眼が、ルインの心を透かすように見つめる。

「なぜ、騎士団に憧れるのですか」

「……みんな、帰ってくるから」

「それだけですか」

「……父ちゃんも母ちゃんも、魔族に殺された。だから俺も戦いたい。でも……俺が知ってる兵隊さんは、みんな誰かが死んで帰ってこなかった。だけど、あの騎士たちは誰も死なない。それが……すごいと思ったんだ」

 セバスは長い沈黙の後、静かに首を振った。

「ルイン。強いから死なないのではありません」

「……え?」

「この家の騎士は、仲間を置いていかない。死なせないために戦い、生きて帰るために剣を振る。……それだけです」

「……それだけ? そんなので、あんなに強くなれるの?」

「それが、この世で一番難しいのです。自分一人が生き残るよりも、遥かにね」

 その時、訓練場を見下ろす遠い回廊に、一人の少年の姿があった。

 銀髪を揺らし、赤い瞳で訓練場を眺めるヴァルトニア伯爵、レイクス。彼は直接こちらに来ることはなかったが、その視線は確実に、セバスの前にいる小さな少年を捉えていた。

(あの子……目がいいわね。真っ直ぐで、強くて)

(……ああ)

(名前は?)

(……ルイン。小さな雷だ)

(ふふ。なんだか縁があるわね。あなたの『黒雷』に、あの子の輝き)

(……うるさい。ただのガキだ)

 レイクスはそう答えながらも、ルインが握りしめた小さな拳に宿る「意志」を、嫌いではなかった。

 セバスはルインの肩を軽く叩いた。

「ルイン。今は帰りなさい。孤児院の先生が心配します」

「……うん」

「しかし……大きくなったら、また来なさい。その時、あなたの目がまだ今と同じ輝きを持っていたら……試験を受けることを考えましょう」

 ルインは目を丸くした。

「本当!? 俺、絶対に来るよ! 絶対に!」

 その夜。孤児院のベッドの中で、ルインは興奮気味に他の子供たちに話していた。

「俺、絶対あの騎士団に入るんだ。セバスさんに『また来い』って言われたんだぞ!」

「嘘だぁ、ルインに騎士なんて無理だよ」

「そうだぞ、お前臆病じゃんか」

 みんなは笑った。けれど、ルインは布団を被り、暗闇の中で自分の名前を噛みしめた。

「笑えばいいさ。でも俺は……絶対に、あの黒銀を纏うんだ」

 ─ 数年後 ─

 雪が舞い散る冬の日、ヴァルトニア家の訓練場の門を叩く一人の少年がいた。

 身体は大きくなり、顔の泥は消えていたが、その瞳には十年前と変わらぬ「小さな雷」が宿っていた。

「試験を受けに来ました。……ルイン、です」

 受付にいたセバスは、かつて交わした約束を思い出すように、静かに、そして深く微笑んだ。

「……よく来ました。お待ちしておりましたよ、ルインさん」

 KR100年からKR150年。

 レイクス=ヴァルトニアは、エルディナの地で守り続けた。

 戦友の死を越えて。家を作り、騎士団を育て、そしていつしか、絶望を知る子供たちの「夢」そのものになった。

 不老の伯爵の旅路は、継承される意志と共に、次の100年へと向かっていく。

〔第2章幕間「誓いの後に」完〕

〔第3章「継ぐ者たち」へ続く〕

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