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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第19話「北翼将リル、再び」

第19話「北翼将リル、再び」


 KR99年。エルディナ聖王国の平穏は、目に見えぬ「揺らぎ」の中にあった。

 東翼将バルガと西翼将セリュが消滅し、四翼将は事実上瓦解したかに見えたが、残る最後の一柱――「幻影卿」リル=ナーレスだけは、その不気味な沈黙を保ち続けていた。

 ヴァルトニア邸の書斎。レイクスが古びた魔導書を閉じるのと同時に、ゼフィールが影の底から立ち上がった。

「……主、北方の森に『迷い子』が現れました」

「……リルか」

「は。奴は現在、王都リュミナの貴族街にて、若き外交官に姿を変え、ヴァルトニア家の内部情報を小出しに売ることで人間の軍部に食い込んでおります。……まるで、我々の出方を試すかのように」

 レイクスは椅子から立ち上がり、窓の外に広がるエルディナの街並みを見据えた。

 リル=ナーレス。魔王軍に属しながら、その忠誠心は霧のように実体がない。裏切りと気まぐれを繰り返し、「面白いもの」だけを追うその性質は、狂信的な他の翼将よりもある意味で厄介だった。

 月明かりが照らす王都郊外の廃庭。

 そこには、中性的な容姿に薄い微笑を浮かべた漆黒の短髪の少年が、一人で佇んでいた。金と銀、左右で色の異なる双眸が、現れたレイクスを捉えて細められる。

「やあ、ヴァルトニア伯爵。……いいや、『銀の英雄』レイクス。相変わらず、その子供の殻がよく似合っているね」

 リルの声は、少年のそれでありながら、幾千もの嘘を重ねてきた老練な響きを帯びていた。

「ヴァルトニア家……。君は本当に面白い『家』を作った。種族を問わず、弱きを囲う。かつての魔王軍では考えられなかった光景だ」

「……お前に興味はない。情報の安売りを止め、ここから消えろ」

「つれないな。でも、私は君にとても興味がある。半魔族が、人間に混じって『家』を作る。その果てに何が見えるのか、想像するだけで愉しくて仕方がないんだ」

 リルはふわりと浮かぶように一歩踏み出し、レイクスの至近距離で足を止めた。

「提案があるんだ。私がこれ以上、君の情報を人間に流すのを止める代わりに……『魔王』への接触窓口になってくれないかな?」

「断る。……俺は魔王とも、その軍勢とも縁を切っている」

「今は、ね。でも、『紅のあの方』も言っていたよ。いずれ君は、自分の意志に関わらず戻らざるを得なくなるって。シャーラ様が動けば、エルディナという庭箱も、ただでは済まない」

 リルの口から漏れた、四大魔将「紅の外交卿」シャーラ=ルシフェインの名。リルが四翼将という枠を越え、魔王直属の深部と密かに通じていることを示唆する言葉に、レイクスの赤い瞳に鋭い光が宿る。

「……シャーラが何を企んでいるかは知らん。だが、俺の庭を荒らすなら、それが誰であれ焼き払うだけだ」

「くふふ、相変わらず怖い。……今日のところはこれで引くよ。でも忘れないで、レイクス。私は君の敵でもないけれど、決して味方でもない。ただ、一番特等席で君の破滅、あるいは飛躍を眺めていたいだけなんだから」

 リルの姿が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には、夜風に舞う木の葉だけが残されていた。

 邸への帰路。後ろに控えるゼフィールが、消えたリルの残滓を睨みながら口を開いた。

「リル=ナーレス……。奴は他の翼将のような野心も忠誠も見えません。まさに、敵とも味方とも言えない存在です」

「……放っておけ。奴は戦って決着がつく相手ではない」

「……。しかし、あの『幻影』の裏で、シャーラが糸を引いているとすれば……」

「……その時は、俺が直接魔王の首を落とす。……それだけだ」

 レイクスの言葉に迷いはなかった。しかし、リルの残した言葉が、静かな波紋のように彼の心に影を落としていた。

(レイクス、あの子……なんだかお祭りの後の迷子みたいだったわね。危なっかしくて、目が離せないわ)

(……。……ただの道化だ。気にするな)

(そうね。でも、道化が一番恐ろしい台本を持ってくることもあるのよ? 気をつけなきゃ)

 セラの言葉を背に、レイクスは夜の帳が下りたヴァルトニア邸へと足を進めた。

 時代はKR100年へ。一人の友の最期と、一つの時代の終焉が、すぐそこまで迫っていた。

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