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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第18話「孫リースへの剣」

第18話「孫リースへの剣」


 KR95年からKR100年に至るまでの数年間、レイクス=ヴァルトニアの馬車がアルカディア領へと向かう頻度は、それ以前に比べて明らかに増えていた。

 それは、老いゆく友、リースバルトから託された「未来」への義理。あるいは、不老の歩みの中で時折訪れる、静かな「休息」のような時間でもあった。

「……違う。腰が高い。それでは風を斬る前に、自らの重さに剣が負ける」

 アルカディア領、マルターレス伯爵邸の裏庭。木剣を構える十歳の少年、リースに対し、レイクスは淡々と、しかし容赦のない言葉を投げかけていた。

 レイクス自身は剣を抜かない。ただ、細身の杖を一本持ち、少年の未熟な剣筋を最小限の動作で弾き飛ばす。

「くっ……もう一回、お願いします!」

 膝をつき、肩で息をしながらも、少年リースはすぐに立ち上がった。その瞳に宿る不屈の光は、かつてのリースバルトそのものだ。

「……リース。剣は、人を殺めるための道具ではない。ましてや、自分の強さを誇示するための飾りでもない」

 レイクスは、少年の木剣が描く軌道を杖の先で指し示した。

「マルターレスの家訓を忘れたか。功により栄え、義により在る。……お前が振るうべきは『義』の剣だ。誰かを守りたいという意志が乗らぬ剣など、ただの鉄の棒に過ぎない」

 その言葉は、技術よりも深く、少年の心に刻まれていく。レイクスが教えているのは「勝ち方」ではなく、剣を持つ者が背負うべき「重責」であった。

 鍛錬の合間、決まって現れるのがリースの妹、エレオノーラだ。

 九歳になった彼女は、厳しい顔で兄を鍛えるレイクスを恐れるどころか、その裾を掴んで離さない。

「ねえ、おじちゃん! 今日はなにして遊ぶ?」

「……俺は遊びに来たのではない。リースの稽古だ」

「じゃあ、エレもいっしょに稽古する! 悪いひとが来たら、エレがパンチして追い払ってあげるもん」

 小さな拳を振り回す少女に、レイクスは深くため息を吐いた。だが、その手は無意識に、彼女が怪我をしないよう、鋭利な装飾が施されたカフスボタンを隠すように動いている。

「……エレオノーラ。お前は、剣を覚える必要はない。代わりに、人を信じる目を養え」

「ひとを信じる目?」

「……そうだ。お前が信じた者が、お前の剣になる。お前が笑っていれば、守るべき男たちは、どんな戦場からでも戻ってくる」

 レイクスの言葉に、エレオノーラは不思議そうに小首を傾げたが、すぐに「わかった! おじちゃんのことも信じてあげる!」と満面の笑みで答えた。

 感情を面に出さぬレイクスの行動から、彼女は「言葉の裏にある優しさ」という、目に見えない絆の尊さを自然に学んでいた。

 夕刻。馬車へ戻るレイクスの耳に、懐かしい声が響く。

(あなた、本当にあの子たちに慕われてるわね。見ていて飽きないわ)

(……面倒くさい。リースバルトとの約束がなければ、今頃はエルディナで眠っていた)

(あらそう? でも、あの子たちを見つめるあなたの目が、少しだけ柔らかくなってるの、私にはお見通しよ。なんだか嬉しそうね)

(……そんなことはない。気のせいだ)

 レイクスは心の中で否定しながらも、その視線は邸の武器庫の奥にある「一つの箱」へと向かっていた。そこには、いつか成長したリースへ継承すべき、星の輝きを宿した名剣『スターレット』が眠っている。

 マルターレスの義を次代へ繋ぐ。そのための時間は、もう長くは残されていないことをレイクスは察していた。

「先生、また来てください!」

 別れ際、十三歳になり少年の面影が消え始めたリースが、真っ直ぐに背筋を伸ばして言った。

「先生ではない。……ただの通りがかりだ」

「でも、また来てくれるでしょう? 僕、もっと『義』の剣を理解したいんです」

 レイクスは無言のまま背を向け、歩き出した。

 答えることはなかった。だが、その歩みは「二度と戻らぬ決別」のそれではない。再びこの地を訪れることを、次の稽古の約束を、その一歩一歩が雄弁に物語っていた。

 夕日に伸びる少年の影を背に、レイクスの馬車は静かに、しかし確かな再訪を予感させてアルカディアを後にした。

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