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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第17話「西翼将セリュ、決着」

第17話「西翼将セリュ、決着」


 KR97年の暮れ。東翼将バルガの消滅は魔族軍の残党に戦慄を撒き散らしたが、同時に西翼将「呪詛女王」セリュ=メルナの野心を狂信へと変えさせた。

 彼女はバルガが消し飛んだあの禍々しい漆黒の光、魔王さえも凌駕しかねない「力」を求めた。それさえあれば、自分は魔王の隣に立つ真の女王になれる。その狂った確信が、彼女を決定的な一線へと踏み越えさせた。

「見つけたわ。ヴァルトニア伯爵の『弱点』。あんなに奇妙な種族をごちゃ混ぜにして囲っているなんて、私に操ってくださいと言っているようなものね」

 エルディナ聖王国の北端、人跡未踏の渓谷に潜伏するセリュは、毒々しい紫の笑みを浮かべていた。彼女は自身の呪術を媒介に、ヴァルトニア邸で働く使用人たちの精神へ直接干渉を仕掛けたのである。

 数日後。霧の深い早朝、レイクスは邸の中庭に立ち、冷たく湿った空気を吸い込んでいた。

「……ゼフィール」

 レイクスが短く名を呼ぶと、漆黒の外套を纏ったダークエルフが影の中から音もなく跪いた。

「は。報告の通り、北方の渓谷より大規模な精神支配の波動を観測。対象は本邸の全使用人……セバス、および私を含めた全員です」

「……状況は」

「ご安心を。主がバルガを討伐された直後より、呪詛女王の動向は完全に把握しておりました。昨日までに使用人全員へ、女神の加護を編み込んだ防呪の触媒を配布済み。現在は邸の地下シェルターにて全員を保護しております」

「……そうか」

 レイクスはわずかに視線を北へ向けた。ゼフィールの諜報能力、そして先を読む力は、三十年以上の月日を経て、もはや神業の域に達している。

「……行くぞ。我が家を狙った代償は、高くつく」

 セリュ=メルナは、自らの根城に現れた銀髪の少年を、歪んだ歓喜で迎えた。

「あら、意外と早かったわね。でも残念。今ごろあなたの邸の可愛い下僕たちは、お互いに首を絞め合っているはずよ。止めてほしければ、あの『黒い光』を見せて。私を魅了した、あの絶望の輝きを!」

 セリュが黒い翼を広げ、呪術の紋様が刻まれた瞳でレイクスを射抜く。彼女はレイクスを動揺させ、再びあの力を引き出そうと「人質」を盾に脅迫を重ねる。

「跪きなさい。さもなければ、一番のお気に入りから順に精神を壊して――」

「……それは悪手だ」

 レイクスの冷徹な一言が、渓谷の空気を凍りつかせた。

「なに?」

「……俺の使用人は、お前のような不浄に屈するほど軟弱ではない。そして、お前が支配したと思っている手応えは、全てゼフィールが見せた幻影だ」

「な……っ!? そんなはずは……!」

 セリュが絶句した瞬間、レイクスの左手の指――『雷光の指輪ストームリング』が、白銀の閃光を放った。

「『スパーク』」

「きゃあぁぁっ!」

 最小限の魔力で放たれた一撃が、セリュの展開していた防御障壁を紙細工のように引き裂いた。動揺した彼女に、レイクスは間髪入れずに踏み込む。

「『ライトニングボルト』」

 指輪から放たれた極太の雷撃が、セリュの翼を焼き、その肩を貫く。

 指輪の雷撃で十分だった。呪詛女王セリュは、精神攻撃という土俵で完封された時点で、もはやレイクスの敵ではなかったのだ。レイクスが放つ一撃一撃は、彼女が思っていたよりもずっと速く、そして正確に急所を削っていった。

「くっ、ああぁ! なぜ……なぜ出さないの! あの光を……バルガを消し去った、あの神々しい黒を!」

 血を吐きながら叫ぶセリュに対し、レイクスは感情の欠落した赤い瞳で見下ろした。

「……お前程度に使う力ではない。この指輪の出力で、十二分だ」

 その言葉は、何よりも残酷にセリュの自尊心を打ち砕いた。

 レイクスは無造作に右手を突き出す。指輪に込められた雷撃が極限まで収束され、一筋の輝槍となってセリュの心臓を貫通した。

「……あ……ああ……」

 紫紺の長髪が散り、妖艶な美女の姿が灰へと崩れていく。

 西翼将セリュ=メルナ。その最期の言葉は、求め続けた光に拒絶された絶望の呻きだった。

「……なぜ……あの光を……使わなかったの……」

 答えは風の中に消えた。

 セリュの体が完全に消滅すると、渓谷に立ち込めていた紫の霧は、朝日を浴びて霧散していった。

 エルディナへの帰路。影の中からゼフィールが再び姿を現した。

「邸の皆、全員無事です。セバスが『お茶の準備が遅れる』と少々憤慨しておりましたが」

「……ご苦労だった」

「……恐縮です。これこそがヴァルトニアの『影』の仕事でございますから」

 ゼフィールの口元に、微かな、だが確かな信頼の笑みが浮かんだ。

 レイクスは何も答えなかったが、その足取りは、いつになく軽やかであった。

(レイクス、良かったわね。みんなが無事で)

(……。……掃除は、まだ終わっていない)

 レイクスは心の中でそう答え、西の空を見据えた。

 四翼将の残りは、リル=ナーレスただ一人。

 しかし、その影こそが、最も厄介な「道化」であることを、レイクスはまだ知る由もなかった。

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