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レイクス戦記  作者: ゆう
第1章「解放戦線編」

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第4話「フォルネリアへの道

第4話「フォルネリアへの道」


 雨上がりの陽光が、街道のぬかるみを白く照らしていた。

 アルカディアの騎士候補隊と難民の一行は、南方の要衝、フォルネリア辺境侯国を目指して進んでいた。湿り気を帯びた風の中には、草木の生命力が混じっている。このあたりは古くから精霊信仰が根付く地であり、大気の淀みが他の土地よりわずかに薄いことを、レイクスはその肌で感じ取っていた。

「なあ、レイクス。さっきから思っていたんだが」

 馬を並べて歩かせながら、リースバルトが身を乗り出すようにして話しかけてきた。その屈託のない笑顔は、戦時下にあるとは思えないほどに明るい。

「お前、本当はどこで生まれたんだ? その銀髪といい、立ち居振る舞いといい、ただの放浪者には見えない。どこか没落した貴族の出か、それとも隠れ里の出身か?」

 レイクスは前を向いたまま、淡々と足を動かす。

「……ただの根無し草だ。生まれた場所など、とうの昔に灰になった」

「隠すなよ。じゃあ、歳はいくつだ? 見たところ十五、六ってところだろう。俺より二、三歳下か。それにしては、喋り方が俺のじいさんより落ち着いてるのが不思議でさ」

 リースバルトの無邪気な質問攻めに、レイクスは小さく嘆息した。人との関わりを避けてきた五十年だったが、この男の真っ直ぐな視線は、拒絶を撥ね退ける奇妙な圧力を持っている。

「……五十だ」

「ははっ! なんだ、冗談も言えるんじゃないか」

 リースバルトは愉快そうにレイクスの肩を叩こうとして、その手が空を切った。レイクスが無意識に、最短の動きで接触を回避したからだ。

「五十年前、魔王の軍勢が最初に大陸を焼いたあの日、俺は既にこの姿で立っていた。……信じるかどうかはお前の勝手だ」

 レイクスの言葉には、真実だけが持つ静かな重みがあった。だが、リースバルトは「ああ、わかった。お前は精神年齢が五十歳ってことだな! 確かにその老成した態度は納得だ」と一人で完結し、笑い飛ばした。

 レイクスはそれ以上、何も言わなかった。真実を話しても冗談として処理される。それもまた、この外見で生きる彼が幾度となく経験してきた日常の一片に過ぎない。

 道が森の深い場所へと差し掛かった時、空気がわずかに震えた。

 木々の隙間から、汚濁した魔力を放つ小柄な影が飛び出してくる。ゴブリンの小集団だ。

「よし、ここは俺たちに任せてくれ! 騎士候補隊、陣形を組め!」

 リースバルトが鋭い号令とともに馬を蹴った。

 彼の剣筋は、荒削りながらも迷いがない。力任せに振るっているように見えて、その実、相手の急所を的確に射抜く天性の嗅覚が備わっている。一閃、二閃。リースバルトが踊るように剣を振るうたび、ゴブリンの緑色の身体が大地に転がっていく。

 レイクスは足を止め、無言でその戦いぶりを観察していた。

(……悪くない。いや、筋はいい)

 五十年の間、数多の剣士たちの生と死を見てきたレイクスの目から見ても、リースバルトの才能は光るものがあった。洗練された技術はまだないが、鋼のような意志が剣に乗っている。磨けば、いずれ歴史に名を刻む大剣士になるだろう——そんな予感めいた確信が、レイクスの胸を掠めた。

 騒動が収まり、一行はついにフォルネリア国境の検問所へと辿り着いた。

 高くそびえる石造りの壁と、物々しい武装をした守備隊。そこには、自由な放浪を許さない「法」と「境界」がそびえ立っていた。

「止まれ。身分証の提示を」

 守備隊長が冷徹な声を上げる。難民たちが怯え、リースバルトがアルカディアの紋章を見せて交渉を始めた。だが、隊長の視線がレイクスに止まった瞬間、空気は一変した。

「……待て。その銀髪、そしてその瞳の色。貴様、半魔族か?」

 周囲の兵士たちが一斉に槍を構える。半魔族。魔王の侵攻以来、人々にとってそれは「裏切り」と「恐怖」の象徴だった。レイクスは抵抗する様子も見せず、ただ静かにその拒絶を受け入れようとした。いつものことだ。ここで去るのが、波風を立てない最善だと知っている。

 だが、その時だった。

「待て! 槍を収めろ!」

 リースバルトがレイクスの前に割って入った。彼は守備隊長の剣幕に気圧されることなく、堂々と胸を張った。

「彼はレイクス。俺たちが魔族に襲撃された際、命懸けで俺たちと難民を救ってくれた恩人だ。この男は俺の仲間だ! 彼を通さないと言うなら、アルカディアの騎士候補隊全員、ここを通るわけにはいかない!」

「しかし、リースバルト殿……相手は……」

「俺が保証する! 彼の魂は、どの人間よりも高潔だ!」

 レイクスは、背後から見るリースバルトの広い背中を、呆然と見つめていた。

 「仲間」という言葉。それは、この五十年間、彼が最も遠ざけてきた概念だった。打算も疑念もなく、ただ純粋に自分を信じ、庇う者が現れるなど。

 守備隊長はリースバルトの気迫に押され、苦々しい顔をしながらも槍を引かせた。

「……分かった。マルターレス家の名に免じて、今回は通そう。だが、市中での監視は付けさせてもらうぞ」

 検問を抜け、フォルネリアの街並みが見えてきたところで、リースバルトが照れくさそうに笑いながら振り返った。

「悪かったな、レイクス。あいつらも余裕がないんだ」

「……余計なことを。一人でも抜ける術はあった」

 レイクスは視線を逸らして吐き捨てたが、その足取りは、先ほどまでよりもわずかに、ほんのわずかにリースバルトの歩調に寄り添っていた。

 五十年の孤独に、一筋の光が差し込む。

 それが後に、大陸全土を巻き込む巨大な潮流になることを、今のレイクスはまだ知らない。

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