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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第13話「エレオノーラ、2歳」

第13話「エレオノーラ、2歳」


 KR90年。アルカディア領を包む初夏の陽光は、かつての凄惨な戦火を忘れさせるほどに穏やかだった。

 エルディナから数日。ヴァルトニア邸の紋章を刻んだ馬車が、マルターレス伯爵邸の石畳を鳴らして止まった。

 扉が開くと同時に、使い古された革靴が地面を叩く。銀髪の少年――レイクスは、**四十年前**に出会った時と何ら変わらぬ十五歳前後の姿のまま、眩しそうに目を細めた。

「おおい、レイクス! 本当に寄ってくれるとはな!」

 玄関先まで迎えに出てきたリースバルトは、**五十八歳**。かつて解放戦線の後半、若き騎士としてレイクスの背を追った男は、今や円熟した領主の風格を纏っていた。その隣には、母となったマリエッタが、一人の幼子を抱いて立っている。

「……五分もすれば着くと連絡したはずだ。騒がしいぞ、リース」

「ははは! 歓迎されている時くらい、少しは相好を崩せ」

 リースバルトが笑い飛ばした、その時。マリエッタの腕の中にいた小さな少女が、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせ、レイクスを指差した。マリエッタの愛娘、二歳になったばかりのエレオノーラだ。

「……こわいかおの、おじちゃん!」

 その高く澄んだ声が、静かな玄関ホールに響き渡った。

 レイクスは、思考が停止したかのようにその場で固まった。

「……おじちゃん?」

 レイクスの視界では、自分より「年下」だったはずのリースバルトが老け、自分は「少年」のままだ。しかし、二歳の少女から見れば、レイクスが放つ圧倒的な老練さと、一切の笑みを排除した鉄面皮は、得体の知れない「怖いおじさん」に見えたのだろう。

「……ぷっ、はははは! おじちゃんだとよ! よかったなレイクス、ついに年相応……いや、年上に見られたぞ!」

「……っ、ふふ……ごめんなさい、レイクス様。この子、正直なもので」

 リースバルトが爆笑し、マリエッタも懸命に笑いを堪える。レイクスは引き攣ったような沈黙の後、絞り出すように言った。

「……俺は、十五だ」

「中身は化け物じみているだろうが! ほら、孫のリースも来たぞ」

 三歳になった孫のリースが、レイクスの腰に帯びた細身の剣に目を輝かせた。

「これ、本物? かっこいい!」

「……触るな。子供が扱うものではない」

 突き放すような言い方だが、レイクスは子供が怪我をしないよう、さりげなく鞘を逆側へ遠ざけた。

 午後。テラスで向き合ったリースバルトは、重そうに脚をさすっていた。

「老けたろ。……だが、まだ現役だ。木剣ならマリエッタにも一本取れるぞ」

「……嘘をつくな。膝が痛そうだ」

「わかるのか。医者にも家族にも、内緒にしているんだがな」

「……**四十年**、お前を見てきた。解放戦線の終わり際、お前がまだ十八の青臭い若造だった頃からだ。歩き方のわずかな乱れを見逃すほど、俺の目は節穴ではない」

「そうか。……四十年か。長いようで、あっという間だったな、レイクス。お前だけは、あの戦場にいた時のまま、一歩も動かずにそこに立っているんだな……」

 リースバルトの瞳に、遠い日の記憶が去来する。自分はこうして老いていくが、目の前の少年は、あの日出会った時の姿のまま、自分の子供や孫を見守っている。

「お前がいてくれて、本当によかった。俺たちの生きた証を、忘れない奴が一人くらいは必要だからな」

 夕刻。広間のソファで、はしゃぎ疲れたエレオノーラが眠りに落ちていた。

 レイクスがその傍らを通り過ぎようとした時、小さな手が無意識に伸び、彼の袖をぎゅっと掴んだ。

「……離せ」

 小声で命じるが、幼子は夢の中で何かを掴まえたつもりなのか、一向に力を緩めない。無理に引き抜けば目を覚まして泣き出すだろう。レイクスは仕方なく、その場に屈み込んだまま、袖を貸し続ける羽目になった。

(かわいい子ね。あなたに懐いてるみたい。怖い顔なのに)

 胸の奥で、セラのクスクスと笑う声が響く。

(……ただの握力だ。子供特有の反射に過ぎない)

(いいえ、わかるわ。この子はあなたの『温かさ』を知っているのよ)

(……そうだな。……少しだけ、温かいな)

 レイクスは小さな寝顔をじっと見つめた。自分は変わらない。だが、この小さな指が繋ぐ未来を、自分は見届け続ける。

「またきてねー! こわいかおのおじちゃん、バイバーイ!」

 翌朝。出発の馬車を見送るエレオノーラの元気な声に、レイクスは窓から顔を出さず、ただ深くため息を吐いた。

「……セバス。俺の顔は、そんなに怖いか」

「……いえ。大変慈愛に満ちた、素晴らしいお顔立ちでございますよ。……おじちゃん様」

「……黙れ。減給だ」

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