第12話「孫リースの誕生」
第12話「孫リースの誕生」
KR87年。大陸を覆っていた夏の湿り気が引き、高く澄んだ秋空がエルディナを包んでいた。
ヴァルトニア邸の執務室に、一通の早馬が届けられた。封蝋には、もはや見慣れた星と翼の紋章――マルターレス伯爵家の印がある。
レイクスは椅子に深く腰掛けたまま、その書簡に目を通した。
「……リースバルトに、孫が生まれたそうだ」
その言葉に、部屋の隅でティーセットを整えていたセバスが、ぴたりと手を止めた。
「左様でございますか。……リースバルト様も、ついに『お祖父様』になられたのですね」
「名はリース。……俺と、あいつの名を合わせたような名だな。馬鹿正直な男らしい」
レイクスは皮肉げに口角を上げたが、その瞳にはどこか穏やかな色が混じっていた。
さらに翌、KR88年。今度はマリエッタから、娘のエレオノーラが誕生したという報せが届いた。かつて共に戦場を駆けた仲間たちが、次々と新たな命を繋ぎ、その系譜を確かなものにしていく。
「レイクス様。……おめでとうございます、とお伝えしますか?」
セバスが静かに問う。
「……そうだな。セバス、相応の祝いの品を用意しろ。マルターレス家には武具を、マリエッタのところには、子供の健やかな成長を助ける加護の付いた衣類を」
「かしこまりました。……珍しいことにございますね、レイクス様が自ら贈り物を選ばれるなど」
セバスは深々と頭を下げたが、その声には主の心境の変化を喜ぶような響きがあった。
(レイクスが自分からお祝いの品を? 珍しいじゃない)
胸の奥で、セラの明るい声が弾んだ。
(……うるさい。家臣や友人の慶事に、主として、あるいは友人として応じるのは当然の作法だ)
(ふふ、そうね。でも、昔のあなたなら『俺には関係ない』って切り捨てていたはずよ。……成長したわね、レイクス)
(……黙っていろ)
心の中で毒づきながらも、レイクスはリースバルトからの追伸に目を落とした。
『孫ができた。お前に見せたい。体力が残っているうちに早く来い。――リース』
「……リースが五十五歳か」
レイクスは窓の外、赤く染まり始めた中庭を眺めた。
解放戦線の最前線で、無茶な突撃を繰り返していたあの頃、リースバルトはまだ十八歳の若造だった。泥にまみれ、死を覚悟しながらも未来を信じていたあの青年が、今や一族を束ねる長となり、老いの入り口に立っている。
「俺は変わらないのに……周りだけが、飛ぶような速さで変わっていく」
不老の肉体を持つ者にとって、人間の時間はあまりに短く、あまりに激しい。六十五年前と何ら変わらぬ十五歳の外見を保ち続けている自分に対し、友の肌には皺が刻まれ、髪には白が混じり、そして次代へと命が手渡されていく。
その事実は、誇らしさと同時に、鋭い棘のような切なさを伴ってレイクスの胸を刺した。
その日の夜。レイクスは独り、テラスに出て夜空を見上げていた。
エルディナの夜空は、セラの瞳のように澄み渡っている。
(……切ない?)
セラの声が、夜風に混じって届く。
(……そういうものだ。俺がこうして変わらずにいることで、あいつらの歴史を最後まで見届けることができる。それは、悪いことではない)
失っていくばかりではない。
自分が「変わらない根」としてここに居続けることで、彼らが紡いだ時間が、確かにこの世界に存在したことを証明し続けられる。
レイクスは懐の香草袋をそっとなぞり、遠くアルカディアの地で産声を上げたであろう新しい命に、静かな祝福を贈った。




