第11話「東翼将バルガとの激突」
第11話「東翼将バルガとの激突」
KR80年代前半。エルディナ聖王国の東部境界線は、かつてない震動に見舞われていた。
東翼将「屠竜将軍」バルガ=ザルド。亡き主ザグラムの武勇を最も信奉していたこの豪将は、統率を失った四翼将の中でもとりわけ凶暴な動きを見せていた。
彼が率いる竜血の魔族軍は、エルディナへの侵攻路にあたる東部拠点の城砦を、その圧倒的な暴力で文字通り「粉砕」しつつあった。
「退け! 脆弱な人間どもめ! 我が主の仇を、魔王様の不興を、貴様らの血で購わせる!」
三メートルを超える巨躯を黒鱗に包んだバルガが、並の人間では持ち上げることすら叶わぬ大剣を片手で振り回す。一振りごとに城壁が崩れ、兵士たちが吹き飛ぶ。
砂塵と悲鳴が渦巻く戦場。その中央に、周囲の喧騒を拒絶するような静寂を纏った銀髪の少年が立っていた。
「……これ以上の侵攻は、俺の範囲を侵すことになる」
「おのれ、現れたな! ザグラム様を謀った卑怯者め!」
バルガは大地を蹴った。巨躯に見合わぬ瞬発力。竜炎を纏った突進は、さながら空飛ぶ隕石のようであった。
レイクスは表情を変えず、左手の『雷光の指輪』を構える。
「『ライトニングボルト』」
極めて簡潔な、しかし凝縮された雷撃が指輪から放たれる。
それはバルガの突進を真っ向から迎撃したが、竜血の耐久力を誇るバルガは、焼けた皮膚の痛みすら愉悦に変えるように笑った。
「これだけか! 魔王の血を引き、あのザグラム様を討った力が、この程度の火花か!」
バルガの大剣がレイクスの頭上から振り下ろされる。レイクスは最小限の動きでそれを回避し、すれ違いざまに雷を纏わせた剣でバルガの脇腹を裂く。
(指輪の雷撃は黒雷に比べれば遥かに地味だ。だが……掃除にはこれで十分だ)
レイクスの内心は冷徹だった。ここで力の一部(黒雷)を解放すれば、この巨躯を消し飛ばすことは容易い。だが、それは目立ちすぎる。自らの半魔族としての本質を不要に世間に晒すことは、ヴァルトニア家の安寧を損なうリスクに繋がる。
(まだ、本気を出す理由がない。俺の庭の奥まで踏み込まれない限りな)
「なぜ全力を出さない! 貴様、俺を侮辱しているのか!」
バルガの黄金の瞳が怒りに燃える。彼にとって戦いとは全力のぶつかり合いであり、レイクスのこの「淡々とした処理」は、何よりも耐え難い侮辱であった。
「……侮辱ではない。最適解を選んでいるだけだ」
「ぬかせええ!」
激突が続く。影からゼフィールが投じた暗器が、バルガの隙を突いて足の関節を削る。
「ちいっ、小癪な影め! ……雷光の小僧、貴様の真価を測るつもりだったが、興が削がれたわ!」
バルガは大きく距離を取ると、竜炎を周囲に撒き散らし、撤退の合図を送った。地形を利用したゼフィールの罠と、レイクスの底の見えない戦い方に、短気な彼も「このままでは策にはまる」という本能的な危惧を覚えたのだ。
「次は命をもらうぞ。その時は、貴様の奥にある『真の姿』を曝け出させてやる!」
砂塵と共にバルガの気配が遠ざかっていく。
戦場に残されたのは、静かに鞘に剣を収めるレイクスだけだった。
「……強い。だが次は、仕留める」
レイクスは静かに呟いた。
指輪に残る熱を感じながら、彼はエルディナへと向かう風を背に受け、歩き出した。




