第5話「リースバルトへの手紙」
第5話「リースバルトへの手紙」
KR67年、冬。エルディナの空は深い藍色に沈み、ヴァルトニア邸の窓からは温かな琥珀色の灯りが漏れていた。
書斎の机に向かうレイクスの前には、一通の封書が置かれている。封蝋には、アルカディアを象徴する星と翼の紋章――かつての戦友であり、今はアルディア王国の伯爵となったリースバルト=マルターレスの家紋が刻印されていた。
セバスが音もなく紅茶を置き、一礼して下がる。レイクスは慣れた手つきで封を切り、中に納められた厚手の羊皮紙を広げた。
『レイクスへ。
風の噂に聞いたぞ。あのエルディナで伯爵位を受け、家まで構えたそうだな。
お前がどこかに根を張る場所を見つけたのだとしたら、俺はこれほど嬉しいことはない。
復興は順調だ。クラリッサとの間に生まれたラウルも、五歳になった。
今度はこちらへも来い。俺の家族を見せてやる。
――リース』
短い、彼らしい飾りのない筆致だった。
レイクスは手紙を読み終え、視線を窓の外の雪へと向けた。表情は相変わらず鉄仮面のように動かないが、その赤い瞳には、焚き火の火影とは異なる微かな熱が宿っていた。
「……ご返事はいかがいたしましょうか、レイクス様」
控えていたセバスが、主のわずかな変化を逃さず問いかける。
「……行く、と書け」
「かしこまりました。……『いずれ』ではなく、『近日中に』と記しておいてもよろしいでしょうか?」
「……任せる」
セバスは「承知いたしました」と深く頭を下げた。その口元に、主の「家族」への思いやりを喜ぶような微かな微笑が浮かんでいたのを、レイクスは気づかないふりをした。
(リース、やっぱり心配してくれてたのね)
胸の奥で、セラの弾むような声が響く。
(……余計なお世話だ。あいつは自分の領地と家族の心配だけしていればいい)
(でも、嬉しいんでしょ? 自分の居場所を認めてくれる人がいるっていうのは。ふふ、レイクス、耳のあたりが少し赤い気がするわよ)
(……黙っていろ)
心の中で毒づきながらも、レイクスは手紙を丁寧に畳み、引き出しの奥へ仕舞った。
六十五年前。魔王の血を引く異物として生まれ、母を亡くしたあの日、俺にはどこにも帰る場所がなかった。世界はただ広く、冷たく、俺は汚れを掃き清めるだけの装置として生きてきた。
だが、今は違う。
セラの故郷であるここエルディナと、戦友が守り抜いたアルカディア。
俺には帰る場所があり、俺を待つ人間がいる。
六十五年という歳月をかけて、ようやく手にした「繋がり」の重みを、レイクスは噛みしめていた。
「レイクス様。では、ご出発の準備を整えましょうか。アルカディアへの道のりは長いですからな。ゼフィールには先行して街道の安全を確保させます」
セバスの凛とした声が響く。
レイクスは立ち上がり、壁に立てかけた剣を手に取った。
「ああ。……行くぞ、セバス」
雪降る夜、ヴァルトニア邸からは旅立ちを予感させる活気が溢れ出していた。




