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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第4話「レクシアの影、再び」

第4話「レクシアの影、再び」


 KR66年から67年にかけて、エルディナ聖王国を取り巻く情勢は、表面上の平穏とは裏腹に、張り詰めた糸のような緊張感に包まれていた。

 レクシア神聖国。かつて聖女セラを異端として火刑に処し、その後の報復とも言える「メテオ」によって聖戦士団を壊滅させられた彼らにとって、エルディナに居座る銀髪の少年――「魔の伯爵」レイクスは、喉元に突き立てられた刃に等しかった。

 エルディナの外縁、霧の立ち込める夜の森。

 レイクスは一人、折れた倒木に腰を下ろしていた。

「……報告を」

 影が不自然に揺らぎ、ゼフィールが音もなく膝をつく。

「レクシアの動向、不穏にございます。彼らは先の大敗を『魔の試練』と称し、民衆の敵意を煽っております。そして……あの方が、再び国境を越えました」

「……あの、火持ちの女か」

「はい。異端審問官セレニア=グランデル。少数の精鋭を連れ、こちらの様子を窺っております。主、いかがなさいますか。影で処理することも可能ですが」

「いや、いい。……直接、話をしよう」

 レイクスは立ち上がった。六十六年という歳月を生き、多くの殺意と敵意を「掃除」してきた彼には、今この森に漂う気配が、単なる殺戮の準備ではないことが分かっていた。

 月光が青白く照らす開けた場所で、その女は待っていた。

 漆黒の修道衣に、銀の十字剣。異端審問官セレニア=グランデルは、右手に「断罪の松明」を携え、氷のような灰色の瞳でレイクスを射抜いた。

「……あなたは、あの時と何も変わっていないわね。レイクス=ヴァルトニア」

 冷徹な声。だが、かつての狂信的な熱は、今の彼女には感じられない。レイクスは淡々と、数歩の距離まで近づいた。

「お前も変わっていないな。相変わらず、火を持っている」

 その言葉に、セレニアがピクリと眉を動かした。彼女は一瞬、己が握る松明を、何かに怯えるように見下ろして固まった。

 彼女の脳裏には、あの燃え盛る炎の中で、恐怖に怯えることなく、自分たちに微笑みさえ向けていたセラの姿がフラッシュバックしていた。

「……あの女は最期まで、私たちへ祈りを捧げていた」

 セレニアが、絞り出すように呟いた。

「……あれから、私の火は、一度も熱を感じない。何人を焼いても、心は冷え切ったまま……。あなたは、あの時、神を殺そうとした。なぜ、今はそうして静かに座しているの」

 レイクスの瞳が、月の光を反射して赤く光る。

「……エルディナが、そしてこの地で眠る者が脅かされない限り、俺は動かない。だが、次に来るなら、覚悟をして来い。その時は、隕石(石)ではなく、俺自身がお前たちの国を掃除する」

 抑止。それは、最強の「魔の伯爵」としてレイクスが放った、静かだが確実な通告だった。

 セレニアは長い沈黙の後、松明を消した。

「……今日は、ただ確かめに来ただけよ。あなたがまだ『人』としてそこにいるのかを」

 彼女は背を向け、踵を返した。

 彼女の背中は、かつての揺るぎない正義を信じる騎士のそれではなく、何か大きな矛盾と葛藤を背負った一人の女のそれに見えた。

(……セレニアって、なんだか複雑な人ね)

 胸の奥で、セラの少し寂しげな声がした。

「ああ。狂信の奥に、わずかな亀裂が入っている」

(彼女の祈りは、まだ冷え切ったまま。……いつか、本当の火が灯るといいのだけれど)

「……まだ、敵ではないかもしれない。だが、見守る必要はあるな」

 レイクスが屋敷へ戻ると、庭の影からゼフィールが姿を現した。

「行かせてもよろしかったので?」

「ああ。彼女一人の意志で国は動かん。だが、彼女が変われば、レクシアの動向も変わる可能性がある」

「承知いたしました。黒影一族を使い、引き続き、彼女と神聖国の監視を続けます。……主、今夜はセバスが特別にハーブティーを用意しております。冷えぬうちに」

「……分かった」

 レイクスは、セラの故郷の夜風を深く吸い込み、白亜の邸へと足を進めた。

 守るべき範囲。それを侵す影はまだ遠いが、確実に、歴史の歯車は次なる戦火へと向かって回り始めていた。


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