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レイクス戦記  作者: ゆう
第2章「不滅の系譜」

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第2話「2柱の帰還」

第2話「2柱の帰還」


 KR66年、初頭。エルディナの冬は厳しく、白亜の街並みを粉雪が静かに覆っていた。

 王都郊外、ヴァルトニア伯爵邸。かつては王家の離宮であったというその屋敷は、主不在のまま長らく眠りについていたが、今、微かな魔力の拍動と共に目覚めようとしていた。

 暖炉の火が爆ぜる音だけが響く静かな広間で、レイクスは書架に手をかけていた。六十五年の放浪生活において、彼が「家」と呼べる場所に身を置くのは、これが初めてに近い。

 ふいに、玄関の重厚な扉が開く音が聞こえた。

 雪を払う規則的な動作の後、廊下を歩む靴音が近づいてくる。迷いのない、極めて礼節の行き届いた歩調。

 現れたのは、灰銀の髪を完璧なまでに後ろに撫で付けた壮年の紳士だった。

 背筋を真っ直ぐに伸ばし、皺一つない燕尾服を纏ったその男――セバス=グレイウィンドは、レイクスの数歩手前で足を止め、深く、音もなく頭を下げた。

「……お呼びにより、参上いたしました。ご無事で何よりです、レイクス様。相変わらず、お若いお顔で」

 顔を上げたセバスの瞳には、二百年を超える歳月を積み重ねたハーフエルフ特有の知性と、主への深い献身が宿っていた。

「お前こそ、変わらんな、セバス」

「ハーフエルフですので。……それに、執事が主より先に老いさらばえては、管理の不備を問われますから」

 セバスはかすかに微笑み、手にしていた杖――精霊魔法を媒介する杖剣を傍らに立てた。リースバルトと出会うよりも遥か昔から、レイクスの傍らでその「孤独」の管理を任されてきた男。彼にとって、レイクスが拠点を構えるという決断を下したことは、長年の悲願でもあった。

「……それで。あいつはどうした」

 レイクスが短く問うた、その直後だった。

「影は、常に傍に」

 音もなく。空気の揺らぎさえ伴わず、レイクスの背後の影が不自然に伸びた。

 そこから這い出すように現れたのは、漆黒の髪に銀の筋が混じった、紫紺の瞳のダークエルフだった。顔半分を無機質な仮面で覆い、夜の闇を織り上げたような軽装を纏っている。

 ゼフィール=ナイトレイス。二百年前、処刑寸前のところをレイクスに救われて以来、絶対の誓約ギアスを魂に刻んだ影の守護者である。

「……遅かったな、ゼフィール」

「恐れながら。ただ気配を消し、周囲の不純物を排除しておりました。主の座す地を穢す風は、影が許しませぬ」

 ゼフィールは跪き、その紫紺の瞳を伏せた。セバスが「表」の管理を司る執事ならば、ゼフィールは「裏」の排除を担う刃。この二柱が揃うことで、初めてヴァルトニア家は一つの生命体として機能し始める。

 セバスはすでに広間を見渡し、手際よく邸の状態を整理し始めていた。

「レイクス様。この館、魔力の循環が滞っておりますな。庭の精霊道も荒れ放題だ。明日の朝までには、風と土の魔法で地脈を整え直しておきます。それと……この埃。執事として看過しがたい状況です」

 セバスは懐から取り出した白手袋をはめ、棚の端をなぞって眉を寄せた。几帳面な彼にとって、主の住まいが不潔であることは最大の屈辱なのだ。

 一方で、ゼフィールは再びその姿を掻き消した。

 邸の死角、屋根裏、地下通路――あらゆる「侵入口」を無言で偵察し、必要とあれば毒や暗器を仕掛けるための最適な配置を瞬時に計算していく。

(なんか、賑やかになってきたわね、レイクス)

 胸の奥で、セラの楽しげな声が弾んだ。

「……まだ二人だ。賑やかというには程遠い」

(でも、セバスさんのあの厳しいお顔や、ゼフィールさんの忍び足……。確かにここが『家』になってきた気がするわ。素敵じゃない)

 こころのセラの言葉に、レイクスは沈黙で答えた。

 六十五年前、母を失ったあの日から、自分には二度と「帰る場所」などできないと思っていた。だが、セラの願いに従い、エルディナに腰を据えたことで、止まっていた時計の歯車が噛み合い始めたのを感じる。

「レイクス様。これより、本格的な館の運営に入ります」

 セバスが再びレイクスの前に立ち、凛とした声で告げた。

「伯爵家としての体裁を整える必要があります。私とゼフィールだけでは、この広大な邸を隅々まで守ることは適いません。……では、使用人の招集を始めましょうか」

「……任せる。ただし、素性は問わん。実力と、口の硬さだけで選べ」

「承知いたしました。種族、出自、過去……すべてを不問とし、ただ主の意志に従う者たちを。ヴァルトニアの名に相応しい『家族』を集めて参りましょう」

 セバスの深い一礼。その背後で、ゼフィールの気配が肯定するように揺れた。

 エルディナの深い冬の夜。

 後に大陸で最も異質にして最強と謳われる、ヴァルトニア家の「2柱体制」が、ここに再始動したのである。

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