第2話「雷光と隕石、神への意志」
第2話「雷光と隕石、神への意志」
KR65年、夏。エルディナ聖王国の王都リュミナは、白亜の建物が陽光を弾き、精霊の加護が満ちる静謐な都であった。その近郊、伝説の聖泉が湧き出る清廉な丘に、レイクスは立っていた。
女帝セレーナの特別な許可を得て、レイクスはセラの遺灰をそのほとりに葬った。大聖堂の鐘の音が遠くに響く中、彼は手ずから土を盛り、名もなき石を墓標として置いた。
(ありがとう、レイクス。……私、やっと故郷に帰れたわ)
胸の奥に響く、穏やかな声。レイクスは懐に忍ばせた、焦げ跡の残る香草袋をそっとなぞる。
「……ここにいる方が似合いだ、お前には。あの灰色の戦場よりは、ずっと」
レイクスは膝をつき、墓標の前で静かに目を閉じた。五十年の孤独、そしてたった一年の「光」。その光を、人間たちの身勝手な正義が焼き尽くした。拳を握りしめた彼の指の間から、パチパチと漆黒の火花が漏れ出す。
「……誓う。二度と、大切なものを奪わせはしない。神が、国が、あるいは運命がそれを望もうとも、俺の届く範囲は俺が守り抜く」
それは、単なる復讐心を超えた、レイクス=ヴァルトニアという存在の核となる信念が確立された瞬間であった。
その誓いを嘲笑うかのように、地平線の彼方から不吉な角笛の音が響き渡った。
「教皇の命なり! 異端を匿うエルディナを浄化せよ!」
レクシア神聖国の聖戦士団。白銀の鎧に身を包み、狂信的な瞳を宿した三万の軍勢が、突如としてエルディナ首都への侵攻を開始したのである。かつてセラを断罪した「断罪の松明」を掲げる彼らは、聖戦の名の下に無慈悲な進軍を続けた。
エルディナの聖騎士団も必死の抵抗を試みるが、数と狂気に圧倒され、防衛線は次々と突破されていく。
「見ろ、あの丘に異端の男がいるぞ! あの忌々しい女の墓ごと踏み潰せ!」
先陣を切る聖戦士たちが、セラの眠る丘へと殺到する。
彼らは、知らなかった。
数日前、エルディナ北部を蹂躙していた数万のゴブリン軍団が、一人の少年が放った「雷光の嵐」によって、一兵も残さず殲滅されていた事実を。人々が畏怖を込めて「雷光の英雄」と呼び始めたその男が、今、自分たちの目の前に立っているということを。
「……そこを、どけ」
レイクスの声は地を這うように低い。
だが、狂乱した戦士の馬蹄が、セラの墓標を無惨に踏み荒らそうとしたその瞬間――。
**カッ、とレイクスの右目が金色に、左目が赤色に燃え上がった。**
大気が悲鳴を上げ、天を覆う雲が渦を巻く。レイクスの周囲に、物理的な質量を伴うほどの殺気が黒い稲妻となって荒れ狂った。
「貴様たちの正義、貴様たちの神……そのすべてを、ここで終わらせてやる」
レイクスは天に向け、右手を掲げた。それは、五十年の放浪で培った魔力と、魔王の血が記憶する「神話の光景」を呼び覚ます儀式。
『――理の外、虚空の果てより。星の涙を、断罪の石と成して降り注げ――』
古代魔法の秘奥、**「メテオ(隕石召喚)」**。
詠唱と共に天が割れた。
雲を焼き切り、成層圏を突破して、燃え盛る巨大な岩塊がその姿を現す。太陽さえも隠すその質量が、重力に従ってレクシア軍の本陣へと吸い込まれていく。
「な……神よ……!? これは、神の怒りか……!?」
戦士たちの悲鳴は、轟音によってかき消された。
凄まじい衝撃波と炎の柱が大地を震わせ、レクシア軍の三分の二が、反撃の余地もなく消滅した。聖戦を謳った白銀の鎧は、一瞬にして熔解し、焦土へと還っていく。
静寂が訪れた。
焼けただれた大地の中心、唯一無傷で残されたセラの墓標の隣に、レイクスは一人立っていた。
(……ちょっと、やりすぎよ。レイクス。……でも、ありがとう。守ってくれて)
こころのセラの苦笑まじりの声に、レイクスは荒い息を整えながら呟く。
「……これくらいはする。……二度と、誰にも触れさせない」
生き残ったエルディナの民衆や兵士たちは、その光景を遠巻きに眺め、震える声で囁き合った。
「雷光の英雄……」
「いや、あれは……神をも畏れぬ、魔の英雄だ……」
王都の城壁の上、その圧倒的な力の一部始終を瞳に焼き付けていた女性がいた。エルディナの女帝セレーナである。彼女は傍らに控える側近や騎士たちに、厳かに、だが期待に満ちた声で命じた。
「……あの方を、これへ。我が国の『伯爵』として迎え入れる準備をしなさい」
レイクス=ヴァルトニアの名が、歴史の表舞台に「英雄」として刻まれた日であった。




