幕間:光誓の誓い
幕間:光誓の誓い
KR61年の春、アルカディアの街は久しく見なかった華やぎに包まれていた。復興の槌音がようやく落ち着き、人々の顔には戦の影を忘れたかのような笑みが浮かんでいる。今日は、アルディア王国より伯爵位を授かったリースバルト=マルターレスと、名門ベルナード侯爵家の次女クラリッサの婚礼の日だった。白い花弁が風に舞い、鐘の音が空へと昇り、街中が祝福の色に染まっていた。
しかし、式典の中心にいるはずの二人の戦友――レイクスとリランダの姿は、どこにもなかった。だが彼らが祝福を忘れるはずもない。式の前夜、旅の途中で立ち寄った使いの者が、静かに木箱を届けていた。箱を開けたリースバルトは、思わず息を呑む。銀精鉄の刃が白金に輝く儀礼短剣。鍔には翼を畳んだ意匠と星の紋が刻まれ、戦場の匂いではなく、静かな誓いの気配だけを纏っていた。添えられた手紙には、レイクスの筆跡で短く記されている。
――お前の剣は光のために在る。勝たずとも、貫かれることのない誓いを守れ。
不器用で、だが真っ直ぐな言葉だった。リースバルトは短剣を手に取り、静かに目を閉じる。戦友の想いが胸に染み、彼は小さく笑った。「……あいつらしいな」と。
婚礼当日の朝には、森から飛来した小さな使い鳥が、緑の葉に包まれた小箱をクラリッサへ届けた。箱を開けると、翡翠色の宝石をあしらった銀の枝花の髪飾りが現れた。指先で触れた瞬間、ふわりと風が頬を撫でる。リランダが編んだ《風花の髪飾り》――風霊の加護が宿り、家を守る“風”の象徴でもあった。添えられた言葉は、短く、優しい。
――風は姿なきままに家を守る。あなたが、この家の支えとなりますように。
クラリッサは胸に手を当て、静かに微笑んだ。彼女はこの日から、マルターレス家の嫡妻として、戦で疲れた夫を内政で支え、市政や商工業を発展させていくことになる。やがて「剣を継ぐ嫡妻」と呼ばれ、翌年に生まれる嫡男ラウルと共に、家の“正統”を形作っていく未来が、まだ誰にも見えていなかった。
祝宴が始まり、人々は踊り、歌い、酒を酌み交わし、戦の痛みを忘れたかのように笑い合っていた。リースバルトはクラリッサの手を取り、静かに誓いを立てる。「功により栄え、義により在る」――その言葉は、二百年続くマルターレス家の家訓となる。
だが、その祝祭を遠くから見つめる影があった。街の外れ、丘の上。レイクスは一人、アルカディアの光景を眺めていた。風が髪を揺らし、遠くから鐘の音が届く。かつて“掃除屋”として孤独に歩んだ彼には、この光景がどこか遠い世界のように思えた。だが胸の奥で、言葉にならない温かさが静かに灯っていた。
「……あいつも、家を持つのか」
呟きは風に溶け、誰にも届かない。リースバルトは守るべきものを手に入れた。自分には縁のないものだと思っていた“家”というものを、友は確かに掴んだのだ。その姿を見つめながら、レイクスはほんの少しだけ、未来を信じてみようと思った。
「……悪くない」
短く呟き、彼は踵を返す。祝祭の光から離れ、再び旅路へと歩き出す。その背には、誰にも聞こえないほど小さな決意が宿っていた。
アルカディアの祝祭の裏で、王国の深層ではすでに“激動”の兆しが蠢き始めている。レイクスの旅路は、再び大陸の運命と交差していく。




