第20話「焦土と誓い、そして心に残るもの」
第20話「焦土と誓い、そして心に残るもの」
KR65年、春。後に「祈りと焦土の戦い」と呼ばれる、解放戦線最大の激戦が火蓋を切った。かつて精霊が憩った聖泉地帯は、魔族の瘴気と人間が放つ火球によって、その名の通り黒く焦げた死の地へと変貌していた。
レイクスは漆黒の稲妻「黒雷」を激しく解放し、押し寄せる魔兵を蹂躙していた。その瞳には、単なる掃除屋としての殺意ではなく、背後の救護班にいる聖女セラを、そして彼女と共に誓った「春のエルディナ」への希望を守り抜くという、執念に近い意志が宿っていた。
だが、戦場の混乱は、魔族よりも残酷な牙を剥く。
「……見つけたぞ、異端の苗床を」
煙に巻かれた救護拠点を包囲したのは、味方であるはずのレクシア神聖国の兵士たちだった。その先頭に立つのは、漆黒の修道衣に銀の十字剣を帯びた女性――異端審問官**セレニア=グランデル**。氷のような灰色の瞳が、傷ついた兵士を庇うセラを冷酷に射抜いた。
「セラ=ミルティア。貴女を女神の聖痕を持ちながら、異端の徒に加護を与え、神の理を歪めた罪で捕縛する」
「……待ってください! 彼は、レイクスさんは世界を救うために――」
セラの悲痛な叫びを、セレニアは「断罪の松明」を掲げて遮った。
「その祈りは虚妄、その慈愛は異端。この女の魂を炎に返すことで、神は再び我らに微笑むだろう」
村人たちの密告――「異端の娘と謎の少年」への疑念が、極限の戦場において最悪の形で結実したのである。
前線から異変を察知し、血を吐くような思いで駆けつけたレイクスの視界に飛び込んできたのは、高く積み上げられた薪と、その中央に縛り付けられたセラの姿だった。
「セラぁぁぁっ!」
レイクスが黒雷を纏い、セレニアの兵たちをなぎ払おうとしたその瞬間、セラがレイクスを真っ直ぐに見つめた。その蒼い瞳には、恐怖ではなく、彼を制止する静かな願いが湛えられていた。
「来ちゃダメ……! レイクスさん、あなたが戦えば、本当に『敵』になってしまう……!」
レイクスの足が止まる。今ここで力を振るえば、彼女が愛し、守ろうとした世界そのものを破壊することになる。セレニアは冷徹に断罪の宣告を下し、松明を振り下ろした。
炎が燃え上がる。その光がレイクスの銀髪を赤く染め、絶望に歪む表情を照らし出した。火刑の直接的な熱が伝わる前に、セラは最後の力を振り絞って微笑んだ。
「あなたは独りじゃない……どうか、誰かを救って」
炎の爆ぜる音が、彼女の最後の言葉を飲み込んでいった。
レイクスは叫び、天を仰いだ。怒りと悲しみ、そして己の無力さへの後悔が混ざり合い、彼の周囲の空間がひび割れるほどの魔力が暴走を始める。だが、その破壊の衝動を、彼女の最期の言葉が、そして懐にある香草袋の柔らかな香りが、かろうじて押し止めた。
セレニアは、灰となって消えゆく炎の向こう側で、膝をつくレイクスの姿を見て一瞬だけ、その氷の表情を動揺に揺らした。それは、彼女が信じる「正義」が、一人の少年の魂を粉々に砕いた事実を、本能が拒絶した証であったかもしれない。
「……俺はここにいる」
崩れ落ちそうなレイクスの隣に、リースバルトが静かに立った。彼は何も言わず、ただ親友の肩に手を置き、共に地獄のような静寂を分かち合った。
深夜。一人になったレイクスは、暗闇の中でセラの形見となった香草袋を握りしめていた。
ふいに、届くはずのない声が、彼の心の中に直接響いた。
(*レイクス……泣かないで。私は、ここにいるわ*)
レイクスは、はっと顔を上げた。そこに姿はない。だが、胸の奥で、彼女の清らかな祈りが確かな鼓動となって刻まれている。
「……セラ」
それは、孤独な掃除屋の内に「こころのセラ」が誕生した瞬間だった。
─ しかし、これで終わりではなかった ─
〔幕間へ続く〕




